第十二話

その夜、さっそく噂を聞きつけた智恵子が貴子を質問攻めにしていた。


「ねえ貴ちゃん、お相手はどんな方なの?」


「わからないわ。まだ会ったことないもの」


「会ったこともない方と本当に結婚するの?」


「それがお見合いでしょ?私はそれに従うと決めたの。だから、会ったことがあろうがなかろうが、その方と結婚するの。お父様もそれを望んでいらっしゃるのだから」


智恵子は、いまいち腑に落ちないという顔をしている。


「そもそも、お父様は何を望んでらっしゃるの?」


「うーん、私が嫁ぐことになる家は、佐田で農家たちの元締をなさっているんですって。小さな農家では大きな農業機械などは高すぎて買えないでしょ?だから、複数の農家が協力してお金を出し合って買うの。その代表者ってとこね。まあきっと、代表をやっているくらいだから、地域の中ではお金持ちなんじゃないかしら?良かったわ」

貴子は笑いながら説明した。


「それで、その農家の家とお父様はどんな関係なの?」


「詳しく聞いたわけじゃないけど、お父様の銀行とやりとりがあったらしいのよ」

智恵子の質問に、横から豊子が答える。


「お父様にお金を借りたってこと?」

智恵子が質問を重ねる。


「それが違うみたいなの。借りたのは銀行のほうなのよ。お米を借りたらしいわ」


「お米?お父様がお米を借りたの?」


「お父様がというか、銀行がね」


「お米を借りてどうするの?」


「うーん、多分だけど…。最近お米の騒動が起きたでしょ?原因は凶作、お米不足だったのよ。だから、お父様はお米をたくさん手に入れておくことにしたんじゃないかしら?今後同じようなことが起きたときのために」

豊子が考えながら説明する。


「それじゃお父様までお米を独り占めしようってこと?いま思い出したけど、佐田っていえば、あの日焼けけちんぼ男がいたところじゃない。あの男、お米を独り占めしようとしてたのよ」

貴子が急に怒った口調で言葉を放つ。


「それは少し違うわ。あの人が言っていたのは、市場原理にかなったやり方よ。あの人だって個人の利益のためにやっていたわけじゃないかもしれないし。お父様だって私欲のためにお米を借りたかなんてわからないじゃない。それにお金を払って借りたのだから悪いことはしていないし。農家の方たちもお国に納めるよりも利があったから銀行に売ったのよ」

貴子が珍しく早口で喋ったので、圧倒される貴子。


「そ、そうかもね。それはともかく、豊ちゃん、あのけちんぼ男のこと随分詳しく覚えていたわねえ」

何かを探るような言い方をする貴子。


「べ、別に何も詳しくなんてないじゃない」

慌てて否定する豊子。


「ふ〜ん。ま、いいわ。なんにしろ豊ちゃんの言う通りなら、私の嫁ぎ先はそんなに悪いところじゃなさそうだし。自分でも意外だけど少し安心したわ」


「それで、お見合いはいつなの?」

智恵子が聞く。


「三週間後ですって。すぐね。豊ちゃんの入学試験はいつだっけ?」


「私はまだ一月半くらいあるわ」


「そう。じゃあ私が先に試験ってことね」


お見合いのことを試験というのが可笑しく、豊子は智恵子と思わず吹き出した。

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