第十一話

「貴子、ちょっといらっしゃい」

富子があらたまって貴子を呼ぶ。

貴子が書斎に入ると、喜三郎が椅子に腰掛け、横に富子が立っていた。


「はい、なんでしょう?」


「かねがね話はしていましたが、あなたの縁談の件、およそ決まりました」


「そう、じゃ、その方と結婚するわ」


「貴子…。父さんは、絶対にお見合いをしなさいと言っているわけではないんだよ」

おざなりな態度の貴子を諭すように喜三郎が言った。


「いいえ、良いんです。私はお嫁に行くって決めたの。それがこの家にとっても良いのでしょう?」


「家のことも大事だが、お前の人生でもあるのだよ?」


「ええ、わかっています。私の人生だから、私の大事なことを私が選ぶわ」


「あなた、理由はなんであれ、貴子が良いって言っているのですから、とやかく言うのはもうやめませんか。とにかく向こう様とのご挨拶の準備をしなくてはいけませんから。忙しくなりますよ」

言葉とは裏腹に、富子はなんだか嬉々としている。


「ところで、そのお方は、どこのどなた様なの?」

今さながら貴子が質問をする。


「佐田で農家の元締をやっている、新井さんのご長男だ」


「佐田…、ああ、夏休みに旅行に行った時にふらっと降りた駅ね。なーんにもないところだったわね。でも、のんびりしていて良いところかもしれないわ」

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