第七話
洋服に着替え、部屋に戻る途中、再び帳場の前に差し掛かると、土産屋が開店の準備をしていた。
二人は学校の友人に渡すための土産を買おうと考えていたため、まだ開店前だったが、店内を眺めることにした。
豊子は手芸品が並んでいるあたりを眺め始める。
一方の貴子は奥の方へ入っていく。
そこにはハンティング帽をかぶり、汚れた繋ぎを着、腰には大工道具のような物をぶら下げた青年がいて、店の一番隅の台の上を熱心に見つめていた。台の上には色とりどりの石が並んでいた。
「まあ!なんて綺麗なんでしょう!」
貴子が横から覗き込み声を上げる。
「それはアクアマリン、こっちはソーダライト、ターコイズ、そんでこれはラピスラズリって言うんだ。どれも青いけど、色味や光り方がそれぞれ違うだろ?」
「あら、ありがとう。詳しいのね」
「俺は、宝石職人だからな」
「宝石職人?初めて聞くわ」
「そりゃそうさ。こんな田舎では宝石なんて売れないからな」
「こんな田舎で悪かったわね。あなたはどこからこんな田舎に何しにきたのかしら?」
「東京さ。こんな田舎だけど、良い山があるって師匠が言うからついて来たんだ」
「師匠?あなた、弟子なの?なんだか偉そうだけど、見習いってこと?」
「ん…、まあ、まだ修行中ではある…」
「へぇー。修行って、一体どんなことをするの?」
馬鹿にしたのではなく、興味津々な貴子。
「そ、そりゃ、石のことを勉強したり、磨いたり、細工したり…」
質問責めにあってたじろぐ青年。
「私、こんなに綺麗なもの、初めてみたわ。特にこの、ラピスラズリ。とっても素敵…。なんて深くて、そして柔らかい青なのかしら。この黄色がかった白い星のような粒。まるで夜空に浮かぶ天の川のよう。この石たちは職人の手によって作られているのね?」
「そうさ、俺たち宝石職人が石を採ったり、買い付けたりして、それを磨いて作っているんだ。丸く磨いたり、多面体にカットしたりして、それぞれの石が最も輝く形に加工するんだ」
真剣な眼差しで話す青年。憧れの眼差しで耳を傾ける貴子。
そこにずんぐりとした体型にしわがれた声の老人が現れる。
「おい、蒼太。何を油売っとるんじゃ」
「あ、師匠!すみません。ちょっとうるさい女が話しかけてきたんです」
「うるさい女?聞き捨てならないわね!」
「お嬢ちゃんすまないね。このガキは、気に入った女を見るとすぐにベラベラ喋り出すんじゃ。ま、多めにみてやってくれ」
「気に入った女?私たちまだ出会って何分も経っていないのに、気にいるかどうかなんてわからないじゃない」
貴子の真っ当な答えに蒼太は顔を赤くして、
「じゃ…じゃあ、お前、お見合いなんてどうするんだよ。気にいるかどうか関係なく、結婚が決まってたりするじゃねえか」
と言い返す。
「そりゃそうよ。自分たちの意志ではなくて、両家のための結婚ですもの。お見合いを悪いものみたいに決めつけないでよ。気にいるかどうかと、結婚するのとは別の話でしょ?」
「けっ、くだらねえ!昭和にもなって、本人達が望まない結婚だなんて!お前もお見合いするのか?」
「そうよ。悪い?そもそも、なんであなたがそんなにむきになっているの?」
「ふん…。お前には関係ないけど、先月、姉貴がしょうもない男のところに嫁いでいっちまったんだよ」
蒼太が、苦いものを吐き出すように言う。
「そうなの。お姉様もお気の毒ね」
さっきまでとは打って変わって、寂しげな声で貴子は言う。
「ほら、もういくぞ」
師匠に促された蒼太は、
「それじゃあな。もう会うことはないだろうけど。お前もラピスラズリの石言葉のように、幸せになれるといいな」
「…?良くわからないけど、あなたも宝石職人見習い、頑張ってね」
蒼太は師匠と帳場を抜け表へ出て行った。
少し離れたところから貴子らのやりとりを見ていた豊子は、からかうように言った貴子の顔に、隠しきれない複雑な感情があったのを見逃さなかった。
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