第六話

「豊ちゃん起きてる?」

貴子が小声で豊子に聞く。


「ええ、起きてるわ」


「お風呂行かない?」


「いいわね。いきましょ」


浴衣のまま部屋を出て、帳場を通り過ぎ浴場へ向かう。脱衣所に先客の影はない。


「貸し切りだね」

浴衣を脱ぎながら貴子が言う。続けて、

「だけど私たちって、本当にそっくりよね。双子だからって誰でもこんなに似てるものなのかしら?」


「どうなんでしょうねえ?他の双子を見たことがないものね」


「確かにそうね」


「あ、貴ちゃん。あなた、腰に黒子があるわ」


「え、そうなの?気が付かなかったわ」


「私にもあるのかしら?」


「うーん、見当たらないわ」

豊子の腰のあたりに黒子を探すが、見つからない。


「私たち、違うところもあるのね。今まで気がつかなかったけど」


「良かったような、少し寂しいような気がするわ」


「よし、いざとなったら、この黒子で私と豊ちゃんを見分けましょう」


「いざってどんなときよ」


「いざって言ったら、いざの時よ」

真面目な顔をしていた貴子が、プッと吹き出した。つられて豊子も吹き出す。


「まあとにかく豊ちゃん。お風呂に入りましょう」


二人で貸し切りの露天風呂に浸かる。お盆も近くなると夏とはいえ朝は少し涼しい。湯の熱さと空気の冷たさが心地良い。遠くから鳥の啼き声が聞こえる。


「そういえば貴ちゃん、昨日、佐田で男の人と口論していたわね?」


「え、そうだっけ?ああ、そうだそうだ。あの真っ黒日焼け男。お米が手に入らない人がたくさんいるって言うのに、ケチって安くしないなんて、どうしようもないケチ男だったわ」


忘れかけていた昨日のことを思い出し、腹立たしさまで思い出した様子の貴子。


「でも、あの人の言うことも、一理あると思うのよね」


「あら、何?豊ちゃんはあのお方の肩を持つってわけ?」


「そ、そんなつもりじゃないわよ。ただ、農家には農家の考えがあって、みんなが生きていかなくちゃならなくって、それを考えているって言うか…」

早口になる豊子。


「何慌ててるのか良くわからないけど、まあ、豊子先生が言うのだから、きっとそういう考え方もあるのかもね」


「先生はやめてよ。でも、前にお父様の本に『神の見えざる手』って言葉が書いてあって、物の値段や価値は、売る人が勝手につけるものではなくて、社会全体が決めるものだって。だから、貴ちゃんの言っていることももっともだし、あの男の人の言っていることももっともだなって」


「先生、ご高尚なご解説、ありがたき幸せです」


「先生はやめてよぉ!もぉ。そうだ、そんなことより貴ちゃん、貴ちゃんは本当にお嫁に行くの?学校でもあんなに優秀で、みんなの人気者で、先生方からも信頼があって」


「うーん、良くわからないのよね。やりたいこととか、将来とか。だからとりあえずお父様の言う通りにお嫁に行って、たくさん子ども産んで、楽しく暮らせればいいなって、思うのよね」


「貴ちゃんが本当にそれを望んでいるなら良いのだけど。でも、私よりずっと優秀な貴ちゃんが、東北の田舎に留まって、私なんかが東京に行くなんて、なんだか変な気分よ。なんだか入れ替わっちゃったみたいな」


「何言ってんのよ。入れ替わっちゃったって」

冗談を聞いたかのように笑い飛ばす貴子。


「そういえばさあ、豊ちゃん」


「なあに?」


「豊ちゃん、昨日の真っ黒日焼け男のこと、気になってるんでしょ?」


「な、何言ってんの?冗談はよしてよ」

顔を赤くしながら豊子は否定する。


「あはは。冗談よ。肩を持つもんだから、からかってみただけよ」

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