第三話
東北の田舎の夏は、見渡す限り濃い緑色に染まる。山並みは碧色に覆われ、田畑は深緑に萌えている。車窓から入る風は顔を心地よく撫でていく。
「お父様、次はなんと言う駅なの?」
貴子が外に目をやったまま父・喜三郎に尋ねるが返事はない。
「貴子、お父様はお疲れなんです。起こしませんように」
富子が声をひそめて言うが、電車の音にかき消され、貴子の耳には届いていないようだ。喜三郎の代わりに豊子が答える。
「貴ちゃん、次は佐田という駅よ」
「佐田…。何かあるのかしら?」
「さあ。きっと何もないわ。どうせ田んぼだらけよ」
「ふふふ」
珍しく、豊子が口悪く言ったのが可笑しかったのか、智恵子と富子が笑う。
「そうね、何もなさそうね。でも、私ちょっと外に出てみるわ」
佐田駅に停車するなり貴子はひとりで電車を降り、何処かへ行ってしまった。
停車時間は7分だけだったので、豊子は少し心配になり、
「お母様、私、貴ちゃんを探してくるわ」
「すぐに戻ってきますよ。貴子だって馬鹿じゃないんですから。見つからなくてあなたが乗り遅れたら困るでしょ?」
「でも、私、心配だわ」
そう言い、豊子も電車を降りた。
さっき話していた通り、駅の傍には目立つものは何もなかった。少し離れたところに小さな小屋と大きな建物が見え、大きな建物の前では青果などが露天販売されている様子だった。
−−きっとあそこに違いない。
豊子は建物に向かい歩いていった。
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