魔女の岬
鳥は真っ直ぐ北へ向かっていました。町外れにある二人の家から、さらに外れに行く方です。おかげで誰かに見つかることはありませんでした。でもその先は町の外です。そして――。
「ねえお兄ちゃんどうしよう……あっちは岬だよね?」
ライメが泣きそうな声で言いました。ロイトだって、誰もいなければ泣きたいくらいでした。そう、町の北には岬があるのです。
「大丈夫だよ。昔話の魔女様は心優しいんだろ」
「でも魔女様は子供が嫌いだから近づいちゃ駄目って、皆言ってるよ」
「ちょっとくらいなら見つからないさ」
二人が話している間にも、鳥はまさに岬へ向かっていき、向こう側に降りていって見えなくなりました。
町外れの岬は、昔話の魔女――人々のために不思議な薬を作り、遠い国の王子と恋をして海の怪物をこらしめた魔女が、今も住んでいるという岬です。町の子供たちは皆、岬に近づいてはならない、町の外の人に魔女のことを話してはいけない、と厳しく言われて育ちます。
「ねえ、お兄ちゃん……」
「静かに。もし見つかったらすぐ逃げればいいよ」
けれどロイトは鳥を追いかけるのを諦めませんでした。父のレームにどうしても叱られたくないからです。そして心のどこかには、自分はもう子供じゃない、という思いもありました。
すると遠くで物音がしました。ロイトは慌ててライメの手を引っ張り、茂みの陰に隠れました。
「……レームさん? 何かご用でしょうか」
「お父さ――」
ライメの口を塞ぎます。女の人の声が、間違いなく父の名前を呼んでいました。ライメが何を思って声を出したのかは分かりませんが、近くに彼がいるのかもしれません。ロイトが耳を澄ませると、波の音が聞こえてきました。他に音はしません。
しかし、ロイトがほっと息をついたその時、足音が聞こえてきました。ロイトとライメが隠れている茂みに真っ直ぐ向かってきます。今度は逃げる時間もありません。
「子供がこんなところで、何をしているのですか?」
頭の上で、父の名を呼んだのと同じ女の人の声がしました。すると突然、隣でライメが飛び跳ねました。
「魔女様、ごめんなさい!」
ライメは茂みをがさりと鳴らして出ていくと、勢いよく頭を下げました。とにかく逃げなければと思ったロイトは、またその手を引っ張ろうと茂みの陰から出て、そのままそこで固まってしまいました。
「魔女……?」
女の人が不思議そうに首を傾げていました。二つ隣のおばさんと同じくらいの歳の、優しそうな普通の女の人に見えました。旅人でも、町の人でもなさそうです。背が高く、丈の長い服を着ていて、頭の左右に変わった飾りをつけています。くるりと曲がり先が尖った形で、黒っぽい灰色の、まるで動物の角のような飾りです。
「おばさん、魔女じゃないのか?」
「少なくとも今まで、その言葉を聞いたことはありません」
女の人は難しい言い方で答えました。とにかく魔女ではなさそうです。ロイトはほっとしました。
「あの、おばさんって呼ぶのは嫌だから、名前を教えてくれませんか? わたしはライメ、お兄ちゃんはロイトっていいます」
ライメも安心したのか、にこにこと話しかけています。
「別におばさんと呼んでも構いませんが……私は、ナリッサです」
「頭についているのはお祭りの衣装なんですか?」
「……そんなところです」
灰色の角のような頭飾りを見られたナリッサは、少し驚き、それから俯いて言いました。
「おばさん、そんなことより茶色い鳥を見なかった?」
「お兄ちゃん、失礼だよ!」
「ですから私は気にしませんと……ええ、まあ。見ました」
「どっちに行った?」
ロイトはいらいらして鳥の行方を聞きました。早く鳥を捕まえて帰らなくては、きっとひどく怒られてしまいます。
ナリッサは不思議そうな顔をして、岬の方を指しました。
「こちらです」
そう言って、そちらへ歩いて行きます。ロイトとライメもナリッサについて歩きだしました。波の音がだんだん近くで聞こえてきます。ふと、前を向いたままナリッサが言いました。
「お二人はどうして、レームさんの鳥を追いかけているのですか?」
ロイトはどう嘘をつこうかと考えました。
「お父さんの飼ってる鳥が逃げちゃって、お父さんが帰ってくる前に連れて帰らなきゃいけないんです」
そのうちに、ライメが本当のことを言ってしまいました。
「なるほど。レームさんのお手伝いですか?」
「――そうです!」
けれどナリッサは、ロイトやライメが鳥を逃したとは思わなかったようです。ロイトはすぐさま頷くと、ライメの口を塞ぎました。
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