第31話 第五章-7「盛り上がって来た!」
「こんな真似をしたら、あの男の身体も無事では済まんぞ!」
「あ、それがマジン君への突入の合図なんだよ。言っておくけど私は止めたんだよ。でも、マジン君に代案出せって言われて私にどうにか出来ると思う?」
カラシノもまた、苦虫を噛みつぶしたような顔だ。
「それよりマジン君が、この段階で一度偵察してくれって。慌ててレフが出てきてくれてるなら、姫様囮にしなくて済むから」
「む、承知した」
真仁の目論見通り、姫の名前を出すとメジムラハーメイトンはすぐに冷静さを取り戻し、呪文を唱えた。遠見の術というらしく、レフが引きこもっているのが判明したのもこの術による。
「…………だめだな。状況に変化はない」
「よし、じゃあ乗り込むか!」
奇跡を起こしたアイテムをその場に打ち捨てて、カラシノは雄叫びを上げた。
隕石によって造られた道は、お世辞にも歩きやすいものではなかったが、距離は大したものではなかった。ものの数分で城門に辿り着く。そして門を開けてしまえば、この城の中身はスカスカだ。ぶっちゃけるとレフの部屋までは一直線の階段が延びているだけで、迷うことすら出来ない。
しかも、足場はダントツに良くなっている。レフの引きこもる部屋までをパーティは全速力で駆け抜けた。
カラシノの脚甲が階段に、鞘が周囲の石壁にぶつかって、反響音を遠く響かせている。行く先の照明は最初から付けっぱなしだと真仁が説明していた。
カラシノの背後からは飛行呪文でル国の面々が付いてきている。さすがに、赤ん坊の姫を抱えたままのロウエイカーサモには、この登りっぱなしの階段はきついと判断したようだ。複数の足音が重なり合った方が雰囲気が出るのに、とカラシノは少し残念に思いながらも、こう叫ばずにはいられなかった。
「もーーーーーり上がってきたーーーーー!!」
いいながら剣を抜き放つ。
「管理者殿! 作戦を忘れてくれるなよ!!」
さすがにメジムラハーメイトンから声がかかる。が、カラシノは一向にスピードを緩めようとはしない。それどころかメジムラハーメイトン自身の速度が上がっている。
「殿下!」
即座に原因に思い至った魔術師が声を上げるが、すでに赤ん坊の上には少女の幻が浮かびあがっていた。こちらもこらえきれなかったらしい。
「ここで盛り上がらないから、そなたは枯れススキなのです、メジムラハーメイトン!」
ついには、ル国の三人はカラシノを追い越した。
「姫様、ずるいぞ!」
「遅れても構いませんよ管理者殿。所詮、ここまで来てなにも出来ない臆病者が相手なのですから!」
見ようによっては、作戦を前倒しにしているということになるが、絶対にそんな深い考えはない口ぶりだった。完全に状況を楽しんでいる。楽しみすぎている。
カラシノを尻目に三人が滑る込むようにして踊り場すらない扉の前に辿り着くと、
「レフとか申す
早速姫が始めた。次いで遅れてやってきたカラシノが、問答無用で扉を袈裟切りにする。
カラシノの持つ剣は、レフの放った魔力をたっぷりと吸い込んでいる。頑丈さなら、金剛石(ダイヤモンド)で造られた剣と同等と言ってもいい。しかも日本刀以上に良く切れる。
一方の扉は所詮ただの木製。一瞬で真っ二つになってカランコロンと悲しげな音を立てて、階段を転がってゆく。
そしてその向こうには、一見すると頑丈そうな石壁。が、メジムラハーメイトンの偵察によってそれはレフが造り出した渾身のゴーレムの腕であることは判明している。
「どうした、そんな腕に守られている限り、我を殺すことは適わぬぞ!」
「マジン君のばかやろー! それでも男かーーー!!」
カラシノもそれに参加――実はしていない。
「管理者殿、管理者殿。なんだそれは」
慌ててメジムラハーメイトンが問いただすが、カラシノは剣を振り上げたままで、
「あんなに好きだって言ってるのに、何で手を出さないのよ~~~!!!」
さらに大声で真仁への文句を並び立てるカラシノ。趣旨はこれ以上ないほど間違っていたが、妙な迫力があった。むしろそのずれっぷりが恐ろしい。
「聞こえたか、
幻ではあるものの美少女姿の姫がカラシノに乗っかった。
「今が好機じゃぞ! 今の内に我を始末してしまえば、大手を振って帰れるのであろう!
姫はとても生き生きしていた。これ以上はないほど生き生きしていた。そして、魔術師と神官は見て見ぬふりを貫くつもりらしい。
「あ~~~~、ムカムカする! このままなにもかもぶちこわしてやりたくなってきた!!」
さらにカラシノが姫に乗っか――っているのかどうかはわからないが、とにかく相乗効果は期待できそうだ。
「管理者殿!」
突然に魔術師から鋭い声。それに軽くうなずいたカラシノは、剣を上段に振りかぶる。
「磁光真空剣・真っ向両断!」
気合い一閃、カラシノがゴーレムの腕を縦一文字に切り裂いた。そう。切ることは出来るのだ。問題だったのはレフが近くにいるので、切る端から腕を再生されるということだったのだ。
しかし今、度重なる挑発と脅迫によってレフの集中は乱れてしまった。その隙を突いて、メジムラハーメイトンがこの場の魔力を抑え、同時にゴーレムの腕をその場に固定させる。
「うりゃ! 乱舞だ!」
剣を振り下ろした勢いをも利用して、カラシノが身体を回転させ始める。もちろん、剣もそれに連れて回転するわけで、そうなると振り回した剣は当たるを幸いにして、ゴーレムの腕を微塵にしてゆく。
何の心得もないものがこういう真似をすると、せいぜいが二回転といったところだろうが、マジン界のカラシノは違う。よりよく身体が動くように自分の身体を“
結局、カラシノはその周囲一体が灰燼と化すまで回り続け、パーティが腕の向こう側の光景を確認できたのは、カラシノ乱舞が終わった後になった。
カラシノが調子に乗りすぎて、危なくて近づけなかったのである。
カラシノが何とか自分がどちらを向いているか確認し、他の二人が首だけを伸ばすようにして中を確認すると、外套を着た男の背中が見えた。
上半身をかがめて何かの装置を操作しているようだ。
「追い詰めたわよ! よくも騙してくれたわね!!」
唯一面識のあるカラシノが、剣を構えなおして叫ぶ。
「貴様、その装置をどうやって入手したか!!」
さらにメジムラハーメイトンが声を飛ばすが、男――レフはその両方に構うことなく、作業を続け、忽然とその姿を消す。
普通なら、ここで絶望に囚われるところだが、この世界の神はこの展開を完全に読み切っていた。
勇者と魔術師、神官と姫はそれぞれ顔を見合わせる。
「後はよしなに頼むぞ管理者殿」
「マサヒト様にまたお越しになってくっださいとお伝え下さい」
「次はきちんと恋人同士になってから来るとよろしかろう」
三者三様にカラシノにエールを送る。カラシノはその全部をひっくるめて受け取ったと言わんばかりに大きく頷くと、レフと同じようにその場から忽然と姿を消した。
経過時間は感じられなかった。が、木の根の間を抜けてきたような記憶もある。
矛盾した二つの感覚こそが不条理な世界を抜け出してきたことの証なのだろう。意識を取り戻した――あるいはその表現もまた矛盾したものであるのかもしれないが――レフは周囲を見渡した。
辺りは一面真っ黒。が、闇の中というわけではない。どうやら自分は大きな箱の中にいるらしいとすぐに気付くことが出来た。ほとんど真四角の部屋らしく、自分のいる場所はその隅の一つ。
こんなに詳しく周囲の状況がわかる理由は、ちょうど反対側の隅にある光源のせいだ。かなり強烈な光を放つ物体が、床に転がされている。そして、その傍らには二つの人影。
一人は床にそのまま寝転がっている。そしてもう一人はその影に垂直に組み合わせるようにして、直立していた。
――なぜか夏服を着た真仁である。
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