第30話 第五章-6「真仁には地形効果も意味が無い」

 結局、その日も四人は午後一杯遊び尽くしてしまった。体力の消耗は相変わらずの真仁は置いておいて、残りの三人は「せっかくあるのだから利用しよう」ということで、プールで遊ぶことにしたわけだ。

 さすがのカラシノも、現状で真仁を無理に誘うと命に関わることは学習したらしい。


 その真仁は今度こそは、とばかりに推理小説の山をテーブルに築いて、片端から読んでいくつもりのようだったが、最初に手に取ったのが運悪くメタ系の推理小説だったらしく、その後はふて寝してしまった。


 おかげで帰りの車中では、昭彦と妙子は真仁のいつ果てるとも知れない愚痴を延々と聞かされる羽目に陥って、一日のすべてを台無しにされてしまう。

 二人にとっては、本格だろうがメタだろうがどちらにしても縁のない話なのだ。


 いつも停めている学校近くの駐車場で二人を降ろしたカラシノの軽自動車は、そのまま山頂へとUターンする。陽の長い夏のこととはいえ、辺りはすっかり朱に染まっていた。

 山腹を彩る夏の青葉も、今は一足早く秋が訪れたかのように淡く赤みを帯びている。

 そんな風景の中、カラシノが山腹の西斜面で車を止めた。


「どうしたカラシノ、トイレか?」

「どこでするの! どこで!」


 助手席に座る真仁の極悪な問いかけに、カラシノが半ギレで返す。そして真仁を促して車外へと出た。真仁もいまいちカラシノの意図が読めぬままに、それに従う。


「クライマックスだね」


 突然切り出すカラシノに、真仁は一つ首を傾げ“ゲーム”だと偽っているマジン界の現状のことだろうと理解した。だからこう切り返す。


「違うぞ」

「は?」

「レフは中ボスにすることにすると言っただろう。実は、レフを倒した後のことを考えていたんだが……」


 つまり帝国側が本気ならレフを倒しても次々と追っ手が来るだろう、と真仁は考えていた。そしてそれは厄介極まりない、と。しかし帝国の魔術師を利用しての戦術、そしてメジムラハーメイトンからの情報を絡めて考えると、レフはさほどの重要人物ではなさそうだ。


 さらに付け加えるなら、ワーゼルジュリミアヌキテアールという姫もまた重要人物ではない。亡国の王族を根絶やしにするのは当たり前の話だが、何しろまだ赤ん坊だ。


 さらに魂だけの存在で、その術を施した魔術師が他にいるとすれば、レフの動向は掴まれていると考えるのが妥当だろう。それならば、レフが生存したままで一向に帰ってこないとなれば……


「そうか、帝国も積極的に追っ手を出してこない……かも」

「そう。“かも”だが、かなりの公算だ。一時の平穏となるか、長期間にわたる平和をもたらすことになるかは予測外だがな。ついてはそのための装置を準備したいのだが――」

「――あ、ちょっと待ってストップ」


 突然にカラシノが遮った。しかし真仁は止まらずにカラシノに文句をつける。


「いや、ここからが肝心なんだが」

「そ、それはわかるんだけど、私がここで車停めたのは、こんな事務的な話をするためじゃないの。もっとこう……リリカルな目的があって!」


 真仁は、リリカルを頭の中で勝手に叙情的と翻訳しておいた。


「そのために、こんな西日の射す“青春!”というシチュエーションを選択したのに! 察してよ!!」

「…………で、目的とは?」


 何かも投げ捨てるようにして真仁が先を促すと、


「お、お礼を言おうと思って」

「何の?」

「あ、あの妙子が私の家に来てくれるようになったでしょ。そのお礼」


 真仁は首を傾げ、


「それは僕の都合でそうなっただけだ。礼を言うのはどうかな」

「あはは、そう言うと思った。でもま、私がお礼を言いたい気分なの」

「わざわざシチュエーションまで考えてか」


 言いながら、真仁は眩しそうに笑みを浮かべたままのカラシノを見つめる。カラシノの長い髪が山の風に煽られるようにしてたなびいた。紅い光の中でカラシノの髪が輝く。

 なるほど、確かに大した地形効果だ、と真仁は心の中で納得する。


「……あのさ、マジン君。おかしな気分にならない?」

「何だと?」

「キスしたくなるとか、押し倒したくなるとか、そういう一般的に言うおかしな気分。私にとっては正しい気分なんだけど」


「なるほど、それを狙ってのシチュエーション選択か。だがな、カラシノ。僕は前にも言ったぞ『思春期という言葉は大嫌いだ』と」

「青春だよ~」

「同じだ」

「それは乱暴だよ、それに生物的にその態度はどうなの? ここにこんなに無防備な唇が! 胸が! おしりが! 女体があるんだよ!」


 手をワキワキさせながら訴えるカラシノを真仁はじっと見つめ、


「その訴えにはなかなか進歩が見られる。が、ここで僕からの要望も聞いて貰えないだろうか?」

「え? あ、あれ、本当に引っかかった? キ、キスぐらいまでしか考えてなかったんだけど……」


 一転、身を翻してガードを固めるカラシノ。


「メジムラハーメイトンや、あの国の住人達が僕を評価していることがあっただろう。それを思い出してくれ。そうすればもうシチュエーションを気にしなくてもすむようになるぞ」


 そう言うと、真仁はカラシノを置き去りにして車の中に引き返した。取り残されたカラシノは、その場で暗くなるまで真仁の言葉の意味を考え、最終的にはいつものように真仁に怒られてしまった。






 ラストダンジョンと銘打った、高い塔――水際にあったので大灯台と呼んでいる――の頂上にあったのは、やたらに大仰な一振りの杖だった。特にメジムラハーメイトン専用の武器というわけではなく、ある現象を起こすためだけのアイテムという設定。


 カラシノは杖を握りしめ、海上に浮かんでいるように見えるレフの城を見据えていた。その背後には魔術師、神官、そしてお姫様。


 真仁の言葉通り、姫を囮に使うことになったのだ。実を言うと、真仁の構想ではレフの部屋に置いてある鏡に適当な画像を映すつもりだったのだ。だが、真仁は姫の性格や言動をしっかり把握しているとは言い難い。

 下手な演技でもさせて、レフを誘い出せなければ元の木阿弥だ。


 カラシノはそういった事情を直接姫に伝えた。すると案の定、姫は自分が直接出向くとあっさりとカラシノの話に乗ってくる。メジムラハーメイトンはもちろん大反対だったが、姫は何処かの誰かと同じように、完全にそれを無視し続けて現在に至っていた。


「それじゃ、いくよ~」


 カラシノはやる気の欠片もない声で、杖を天へと振りかざす。すると間もなく、城の上空に立ちこめていた暗雲がいずこかへと去っていった。輝く星が見えるから夜だったのかと、カラシノ以外の全員が改めて確認していると、星の一つが、キラン、と効果音付きで強く輝いた。


 これは向こうの世界の人間にも十分に異常事態だったのだろう。メジムラハーメイトンとロウエイカーサモが目を見張って、事の成り行きを見守っていると、輝いた星がそのまま目の前に落下してきた。


 しかもそれは一回きりではなかった。次から次へと星が落下してゆき、目の前に不格好ながらもレフの城へと通じる道が出来てゆく。


「す、す、すごい光景ですね」


 ロウエイカーサモが、この一大スペクタクルな光景に対して素直な感想を口にする。するとカラシノが心底悔しそうな表情で、


「そうなのよ! 私もこればっかりは話聞かなかった方が良かったって後悔してるのよ! マジン君、すごいアイデア出してきたなぁ、ってますます惚れちゃった」

「あ、あ、あの男は馬鹿になったのか!」


 突然メジムラハーメイトンが叫んだ。

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