第29話 第五章-5「ラスボスは降格」

 その後、めいめいのグラスにジュースが注がれて、会議が始まった。ちなみに何度かこの会議を繰り返す内に「先を知ってもきっと面白い」というカラシノの主張の元に。今では普通にカラシノも参加している。参加させておかないと脇でうるさいという問題もあるのだが。


「で、なんだったっけ?」


 相変わらず暑さでぼやけているのか、昭彦がはっきりしない口調と台詞で、まず口火を切った。


「ラストダンジョンは組み終わったんだっけ? 確か、塔にしたんだよな」


 同じく、だれた声で確認する妙子。


「組み終わったっていうか、もう登り終わった。そうだ、なにあれ妙子。空になった宝箱積み上げないと扉が開かない仕掛け。絶対にあなたでしょ」


 一人暑さの影響を受けてないのか、カラシノが鬱陶しく思えるほどの大声と共に、報告と非難を同時に行う。会議に参加してもこの有様だから、確かに面白いのは間違いないだろう。


「ああ、あれ。うん、あたし。あんたに片付けを覚えさせようと思ってね。どのぐらい悩んだの?」

「……い、一日」


 恥ずかしそうに申告するカラシノに、真仁が追い打ちをかけた。


「さすがにカラシノの友人だ。見込んだだけのことはある。これでもう面白くないとは言わないだろう。難しい仕掛けを自分で解くのは面白いものだろうしな」

「でさ、ラストダンジョンクリアしたんだろ。これ以上なにを相談するんだ? 後はラスボスを倒してエンディング――あ、エンディングの相談か」


 昭彦が自分で文句を言い出して、自分で勝手に納得してしまった。


「説明していなかったか。あのダンジョンはラスボスのところに行くために設定したわけではないんだ。ラスボスの城に乗り込むための現象を起こすアイテムを、さも重要そうに見せかけるために設定した」


 幾分かはゲーム用語を解するようになった真仁ではあったが、持って生まれた言葉のくどさに変化はない。昭彦はまるで試験中のように顔を歪ませた。いや、それ以上かも知れない。


「カラシノ、こんなのずっと聞いてて面白い?」


 さすがに妙子が突っ込むが、カラシノはあっけらかんと、


「慣れると面白いよ。言葉に変な偏りもあるし」

「はいはい、あばたもえくぼ」


 妙子はそういって、あらぬ方向を見やるが昭彦の方は、マジン界が今どう状況にあるのか――ゲームがどこまで進んだことになっているのか――をかなり曖昧にしか把握していないらしい。カラシノは自ら説明することにした。


 つまり、ラスボスが居る――閉じこめられている――城は絶海の孤島にあって、地中を洞窟で抜ける手法もありにはありなのだが、真仁はそういった洞窟を設定することを非常な手間に感じた。そこで代案を考えて、その孤島に橋を架ける事にした。


 ラストダンジョンの役割は、その橋を架けるための特殊なアイテムを隠すということになる。

 カラシノは、そういった内容をかなり噛み砕いて昭彦に説明した。昭彦はジュースを補給しながら聞き続け、ついには納得して、


「オーケー、オーケー。じゃ、今日はやっぱりエンディングの相談なんだろ。もうやることそれしかないじゃん。ラスボス倒せないなら、そりゃレベルが足りないんだろうし」

「そのボスが閉じこもって――出てこないという設定にしてみたんだが」

「はぁ?」


 突拍子もない真仁の言葉に、昭彦が間の抜けた声を上げた。妙子の方はいよいよ眉を潜めて、


「ね、これ本当にゲームの話?」

「新機軸を狙ってるの。斬新さだけを狙ってるのよ」


 カラシノから、実に微妙なフォローが入る。


「設定を説明しよう」


 すべてをスルーして、真仁が話を先に進める。全部設定上と断りつつであったが、その実際はマジン界、および向こうの世界での現実の話であった。


 例えば魔術師は自分の身体にある魔力を使うのではなく、その場所にある魔力を使って魔法を起こす。普通ならなくなるはずもないが、一つの箇所に閉じこめられて、延々と怪物に魔力を注いでいたラスボスは、もうほとんど力が残っていない。


 余談になるが、メジムラハーメイトンが敗北した理由もここにある。帝国は、力は弱いが魔力を引き出せるものを大量に動員して、本来ならメジムラハーメイトンが使用したであろう魔力を土地から枯渇させたのだ。


 今ではレフがそういった状況に追い込まれていることになるのだが、時間が経てば土地の魔力は自然に回復する。この法則はマジン界でも同じらしく、レフ――ラスボスはわずかながらの魔力をかき集めて、頑丈なゴーレムを作って部屋の入り口を塞ぎ、引きこもってしまった。


「情けねぇ、ラスボス」

「過去、そういう作品もないではないだろう。ゲームにあったかどうかは知らないが」

「多分ないわね。必死でレベルアップした先に、今までより弱い敵しかいないなんて展開、どう考えても受け入れられそうもないもの。で、相手はずっと引きこもってるつもりなの?」


 もはやゲームの話と信じていないのか、妙子が肝心なことを尋ねてくる。


「メ……設定上では場所の魔力というのは自然に回復するもの……にしているが、プログラムの不備があって、どれほどの回復率を見せるかは掴めていないんだ。が、本道としてはやはりラスボスを誘き出すべきなんだろうな」


 あくまでゲームの話という設定に固執する真仁に、カラシノは肩を震わせて笑いをこらえていた。


「そもそもさぁ、そのラスボスの目的はなんなわけ? やっぱ世界征服?」


 なるほど悪い魔法使いとしては、その辺りの目的を掲げるのが理想的なのかも知れない。が、現実は違う。真仁はあっさりとレフの目的を開示した。


「逃亡した姫を殺しに来たんだ」

「ちっちぇ~~~!!」


 即座に、昭彦が切り捨てた。真仁もその意見には同意するしかない。しかも狙う姫は第三王女で、政治的にもさほど価値があるとは思えなかった。

 要するにレフは小者なのだ。あらゆる情報が、レフの立場をそう示している。


「マサくん、その設定変えようぜ。もう全然倒す気なくなるよ」

「でも、部屋に閉じこもってるっていう話とは合うんじゃない?」

「かもしんないけどさー、それならそれで、そりゃ中ボスのレベルだよ。ラスボスじゃないよ」


 勝手に話し合い始めた昭彦と妙子。カラシノもその会話に参加しようと、腰を浮かして身構えるが、その視界の隅に口元を隠して背もたれに身を預ける真仁を見てしまった。

 しかもその隠した口元が、横に引き延ばされている。


「マジン君?」


 カラシノがその様子を訝しんで声をかけると、真仁はすぐにいつもの無表情に戻る。


「どうかしたの?」

「今、マジン君が笑ってて……」


 妙子の声にカラシノが答えると、三人が一斉に真仁を注視する。真仁はそこで無表情を不機嫌なものへと変化させ、


「笑った覚えはない。仮に笑ったとしても皆で見ることはないだろう」

「そりゃ見るよ。珍しいんだもの。カラシノすげぇな」


 昭彦の素直すぎる言葉に、真仁はなんとも返しようがない。その代わりにカラシノが、さらに真仁を追求した。


「で、何に気付いて笑ったの?」

「後で話を付けるからな――僕が気付いたのは……いや、気付かされたのは、中ボスでいいんだということだ。無理にラスボスにする必要はないんだということだ」

「でも、ラスボスのつもりで作ってたんでしょ。今からそんな変更効くの?」


 もっともな疑問を妙子が尋ねてくるが、真仁が答えるより先にカラシノがこう答えた。


「そんなの簡単だよ。続編があるって事にすればいいんだよ」

「続編?」

「うん。昔にあったの。クリアしたと思ったら、いきなり別の世界に連れて行かれるとか、仲間が悪の組織に走っちゃうとか。それだったら最初のラスボスは中ボス扱いでもいいじゃない」

「酷ぇ」


 昭彦が商業主義に走ったRPGに無慈悲な鉄槌を下す。


「いやいや、武藤君。そんなあっさり決めつけたもんじゃないよ。ゲームが面白ければ、続編があるって事は心の慰めになるよ。テストの答え合わせして、実はいい点だったことが判明したみたいな気分だね」


 よくわからないことを言い出したカラシノに、真仁から抑揚のない声が掛けられる。


「派手に脱線するな。続編が作りたければ今度こそ自分でやれ」

「で、今回の中ボスはどうするのよ。閉じこもって出てこないんでしょ」


 すっかり中ボス扱いのレフ。カラシノがまたツボにはまったのか、思わず吹き出そうになっている。


「それは問題じゃない。問題は、出てきてから後だったんだ」

「どういうこと?」

「いや、それよりもそのヒッキーを誘き出す方法だって。どうすんの?」

「決まってる。姫を囮にするんだよ」


 当たり前のように、非人道的な手段を口にする真仁に、昭彦と妙子は、やっぱり真仁は真仁だ、と深く納得したのだった。

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