第28話 第五章-4「レフの悲哀、昭彦の嘆き」

 そして、ここにも真仁に手玉に取られっぱなしの男がいた。言わずと知れた帝国の魔術師、レフである。


 彼がいるところは、絶海の孤島に聳え立つ古城。上空にはいつも暗雲がたなびき、いかにもな雰囲気であるが、見方を変えれば城に閉じこめられているようなものだ。

 魂のデータだけなので、睡眠や食事がいらない分、レフは自らの立場がおかしなものであるということに気付くのが遅れてしまった。


 が、レフは自らこの状況を作り出したのだ。城は最初からあったが、ゴーレムを駆使しして城へと続く道を造り、自らその道を壊したのも彼だ。

 幼き姫の命を狙う、悪い魔法使いはそうするべきだと“世界”がレフに囁いたのだ。


 そして何でも映してくれる便利な鏡――これも最初から城の中にあった―で、敵の様子を見ながら、ゴーレムや時には土着の生物に魔力を注ぎ込んで相手をさせた。

 悪い魔法使いはそうするべきだと“世界”がレフに教えてくれた。


 いつの間にか手元にあった酒の入ったグラスを傾けて、カラシノに連れ回されて右往左往するメジムラハーメイトンの鏡越しに見ながら「愚物が……」と呟いたりもした。

 それが悪い魔法使いの美学だと“世界”がレフに指導してくれた。


 そのすべてを、過去形で語れるのはレフにとって幸いと言うべきだったが、いっそのこと現状のおかしさに気付かないままだった方が幸せだったかも知れない。

 気付いたときには、なにもかもが手遅れだった。魔力のほとんどは愚にもつかない生物に注ぎ込んでほとんど枯渇状態だ。しかし現状それ以外に、メジムラハーメイトンとその一党を阻む手段はない。

 

 そう。間違いなくメジムラハーメイトン達は、自分がこの場所にいると知った上で行動している。それもそうだろう。こんなにわかりやすい城にいるのだから。しかも、自分はここから動けない。


「なぜ、こんなことになった……」


 城に入ると同時に、なぜか着込んでいた動きにくい真っ黒な長衣はすでに脱ぎ捨ててある。もちろんクローゼットなどというものもないから、脱ぎっぱなしだ。

 いや、それ以前にこの城は人が生活できるようには出来ていない。見かけはどの城よりも大きいのに、スペースに余裕がある場所はレフが今いるこの場所だけなのだから。


 部屋の端に立てばすべてを視界に収めることが出来るほどの広さ。部屋の入り口と反対側の壁は取り払われており、部屋をそのままスライドさせたかのように外にせり出したバルコニーがある。もっとも空は必ず曇っているので、爽快さなど欠片もありはしない。


 そのバルコニーを背後に背負う形で、やたらに背もたれの高い椅子が一つ。もちろん肘掛けには髑髏が彫刻されている。レフは他に選択肢もないので、終始この椅子に腰掛けていた。もちろん今もそうで、長衣は脱ぎ捨てたものの、結局この雰囲気満載の椅子のおかげで、端から見ればやはり悪い魔法使いにしか見えないだろう。元々の長い外套姿では、さほど雰囲気の緩和に役立ってはいないのもマイナス要因だ。


 その椅子から入り口に向かっては細長い絨毯が敷かれている。色は恐らく赤なのだろうが、何しろいつも薄暗い部屋なので本当のところはよくわからない。

 燭台の一つもあるのが当然なのだろうが、その辺りは真仁が忘れてしまったのだろう。


 そして、椅子に腰掛けたまま見られる場所――右斜め前45度といった辺り――に、カラシノ達の様子をひたすらに映し出す鏡が置いてあった。

 最初の内はただただ便利だとしか思えなかったが、よくよく考えると牢に閉じこめられた囚人に向けて、執行人が刻一刻と近付いてくる様子を見せつけられているということなのだ。


 そこまで思い至ったとき、レフはこの世界のデザイナーの存在にも同時に思い至った。


 そうなのだ。ここは異世界の人間の頭の中。今まで暮らしていた世界とは成り立ちからして根本的に異なる。

 そして、そのデザイナーはどうやら自分のことを疎んじているらしい。


 最初の戦闘の時、メジムラハーメイトンが告げたことが真実であるならば、確かに疎まれるのも理解できる。


「大規模な戦闘を長時間にわたって継続した場合、デザイナーが死亡し自分達ももろとも死亡――魂のデータが喪失――する」


 聞かされたときは半信半疑であったが、あの時に起こった天変地異と現状がその言葉を裏付けているようにも思える。

 準備不足、あるいは情報不足。


 それは間違いないだろう。常識的に考えればここはいったん引くべきだ。だが、この世界は訪れることすら簡単には行えない。ここで撤退すると言うことは、そのまま任務の失敗を意味する。


 レフは椅子の傍らに置いてある、大きな箱に目を落とした。本来なら任務を果たした後に使うべき道具が入った箱だ。だがもちろん、今使うことも出来る。


「く……」


 手のひらで顔を覆って苦悩するレフ。ジリ貧であることを承知して、任務に固執するべきか。その後の不遇を覚悟して、撤退するべきか。

 しかもその結論を出すために残された時間は残り少ない。

 鏡にはこの城近くに聳え立つ、大きな塔の入り口に辿り着いたカラシノ達の姿が映されていた。







 期末試験は終わった。真仁、カラシノ共にさほど成績には興味がないので、テストの結果におびえることもなく長い試験休みに突入する。お互いに、補習は免れる事が出来そうだという手応えは感じていたことも、怯えずにすむ要因だった。


 梅雨は過去のものとなり、七月も中旬へとさしかかりつつある今、日差しもますます強くなったように感じられる。特にまったく遮蔽物のない山頂では特に。


「あっつ~~~~」


 と、今にも溶けそうになりながら愚痴を垂れ流すのは、私服姿の昭彦だった。今日も今日とてカラシノに拉致されては真仁のゲーム作りに協力している。もちろん、妙子も同じだ。昼過ぎに車に乗り込んだから、気温は今が一番高い時分だ。


 その妙子が前にさんざん文句を言ったせいか、着ぐるみと武器・甲冑は片付けられており、残るは例のプールと、ワクチンわかばが描かれた「イタ家」だけが見える。ちなみに絵柄に変化は見られない。


「しっかりしてよ。もう少しで終わるんでしょ」

「だってよぉ。ここまで来てマサくん全然わかってねぇんだもん。なんでラストダンジョンが今までで一番短いわけ? わけわかんねぇ」


 二人は今、広い敷地の真ん中辺りにポツンと立てられた白いビーチパラソルの下、丸テーブルを挟んで腰掛けていた。テーブルには、氷の入ったグラスが四つと、妙子が持ち込んだペットボトルが二つ。


「そんな素人だから、あんたが呼ばれたんでしょ。だいたい昨日はあんた、プールで遊んだだけで何にもしてないじゃない」


 何度もここに揃って通っている内に、すっかり気安くなってしまった。昭彦の緩さも一因だろう。


「普通さぁ、ここまで協力したらゲームやらしてくれるもんじゃない? 画面も見せてくれないって、どういうことなの?」


 それが昨日、ただ遊んだだけの言い訳らしい。かくいう妙子も昨日はただ遊びに来ただけだった。カラシノの財力に依存しそうで気後れしていた妙子だったが、真仁の強引なペースに巻き込まれて、現在に至っている。


「それはそう思うけど、向こうにも事情があるんでしょ。多分ゲームが完成したら、やらせて貰えるわよ、多分」


 こちらも暑さにやられているのか、実に投げやりに返事をする。


「それにさぁ、もっとラブラブのとこ見せてくれてもいいじゃないか。それがバカップルの仕事だろ」


 さらに投げやりな提案。


「そんなのあんたの友達に言いなよ。あの二人が付き合ってるように見えないのは、あいつのせいでしょ」

「言われてもなぁ。マサくんとは高校からの付き合いだし、そっちは長いんだろう」

「……長いって言っても、長いだけかもしんない」


 妙子が自嘲気味に呟くと、遠くから声がした。腕をぶんぶん振り回してこちらに駆けてくるカラシノと、その後を幾分遅れながら歩いてくる無表情な真仁の姿が見える。


「ごめんごめん。やっぱりお菓子は何にもなかった。妙子がジュース買ってくれて助かったよ」

「だから、買っておけと言ったんだ。備蓄はないとも言っただろう」

「マジン君の方が私の家について詳しいっていうのは、気が早すぎるでしょ」

「論理的に打破されるのを忌避するあまり、返答の過程をすべて省略するのは問題があるな」


 相変わらずの言い争いに、昭彦と妙子は同時に生ぬるい笑みを浮かべた。形はどうあれ、バカップルであることは間違えようのない会話だった。

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