第27話 第五章-3「魅力的な宝物」

 最初の頃は、剣を適当に振り回すぐらいだったのだが、怪物を倒し防御力を高めていく内に余裕ができると、真仁の言う“戦いのコツ”をカラシノは掴み始めた。ここまで来ると話は簡単で、カラシノはそのコツに会わせて身体を“えれ”ばよい。


 この戦いもまた、カラシノにしてみれば緊張感を伴うものではなかった。鎧に吸収されたレフの魔力は、この怪物の攻撃を受け付けないし、なによりカラシノの剣は易々と怪物を切り裂いてゆく。

 ほとんど同時に三匹の怪物を駆逐して、魔力を吸収したカラシノは、


「……何の話してたっけ?」

「マサヒトから何か聞いてくるように頼まれたという話だったが」


 カラシノの戦いを見守っていた魔術師は、平然と会話を再開させた。


「そうそう、そっちの世界での魔術師のあり方みたいなのを聞いてこいって」

「何だか曖昧な話ですね。マサヒト殿はなにを知りたいんでしょうか?」


 呼吸の落ち着いてきたロウエイカーサモは、小首を傾げながら誰とも無しに尋ねてくる。ちなみに彼女が呼吸を荒くしていたのは、ここまでカラシノについてくるだけで息切れしたからだ。データ化された魂の存在では、いくらカラシノに付き合っても持久力は向上しない。


「ふむ……カラシノ、逆に訊きたいのだがそちらでいう、魔術師とはどういった存在だ?」

「現実世界のことで言うなら、魔術師とか魔法使いとかはいないわ。そう名乗ってる人もいるけど、それが本当に魔法を使えるのかはわかんないし。あとは物語とか、ゲームの中とか」


「そのゲームというのがいまいち理解しづらいのだが、その中では?」

「マジックポイントとか精神力というのを消費して、火の玉とか雷撃を放って攻撃する人。あと隕石を落としたりとか」

「消費?」


「ええ、そうじゃないと無限に強い力を使えるでしょ。それじゃ魔術師が強すぎて、面白くない」

「なるほど、いかにも物語の都合だけで設定された魔術師の有り様だ。我々の言う魔術師とは、基本的に無限に力を振るえる者を言う。つまり強すぎる存在だ」


 カラシノは大きく目を見張って尋ねる。


「じゃあ、何で負けたのよ?」


 メジムラハーメイトンは渋面を浮かべた。


「恐ろしく遠慮を知らない管理者殿だな。魔術師とは国の命運を背負って戦う者だ。古来より決闘によって、その勝敗は決していたというのに帝国の愚昧共めが……」

「魔術師というのは希な素質を有する者が厳しい訓練によって、魔術を身につけたものを言うのです。私達の世界でも魔術師を名乗れる者は、そう多くないのですよ」


 神官が、恐らくは一番真仁が知りたいであろう情報を、フォローの形で告げた。


「ロウエイカーサモさんは、魔術師じゃないの?」


 カラシノはその神官に尋ねてみる。彼女の癒しの術には実際に救われたことは一度や二度ではない。カラシノにとって、それは魔法と大差ないものだった。

 ロウエイカーサモは笑いながら首を振り、


「神官の操る力と、魔術師が操る力は根本的に違うのです。一番わかりやすく言うのならば、神官はその手に触れた範囲でしか力を発揮する事が出来ませんが、魔術師は手の届かない場所にも力を及ぼせるということです。そして、魔術師とは先天的に離れた場所に力を及ぼせる者だけがなることが出来るのです。これは努力ではどうにもなりません」


 カラシノは「うーん」と一言唸ったあと、二人の話を総合して、結論を口にした。


「じゃあ、帝国ってのはその珍しい魔術師をいっぱい揃えたんだ」

「端的に言うとそうなるな」

「全員が強いの?」

「いや、一人一人はさほど強力ではない。が――説明が面倒だな。知りたがっているのはマサヒトなのだろう。直接話すから、段取りを取ってくれ」


 ここにもコミュニケーション能力のない人間がいた、とカラシノは心の中で呟きつつ、うなずいた。カラシノにしても真仁で濾過された情報を受け取る方がわかりやすい。


「じゃあ、あのレフって人も弱いの?」


 カラシノはごく単純に、気になっていることを聞いてみた。が、その質問は思ったよりも、魔術師と神官を悩ませたようだ。しばらくの間顔を見合わせた後、ロウエイカーサモがわずかに笑みを浮かべて、


「この世界に魂を移行させる魔術は、宮廷魔術師殿でも相当困難な術だと聞き及んでいます。それを成したということならば、相当な技量の持ち主ということになりますが……」

「が……?」


 その時、メジムラハーメイトンが突然に腕を振るった。不可視の力が働いて、前を遮っていた鍾乳石をまとめてなぎ倒す。これが現状の魔術師の主な仕事だった。真仁のやり過ぎに対応して道を切り開く。まともな自然ではないのだから、道ぐらい用意すれば良いものを、相変わらずの真仁の妙なこだわりだった。

「“レフ”という名から考えて、技量はさほどではない」


 ざっくりと断定して魔術師は自ら切り開いた道を進む。カラシノは、それに続きながらメジムラハーメイトンの背中に声をかける。


「それじゃ話がおかしいじゃない」

「魂を飛ばす術は、自分だけではなく他に人にも施せるのですよ。宮廷魔術師殿が我々に施してくれたように。そうであるならば本人の技量は関係なくなります」


 さらに背後から声がかかる。カラシノは「なるほど」と、納得した。


「一人を移行させるぐらいでは、大した技量とは言えんな」


 今度は前から声がする。カラシノはそれにも素直にうなずき、


「じゃあ、どっちにしてもこっちに来てるのは、雑魚ってわけね」


 と、無慈悲に総括して見せた。すると、前後からそれぞれに感情のこもった、それでいて明瞭化してない言葉の欠片が聞こえてくる。

 そのまま無言で先に進んでいくと、先頭の魔術師が歩を止めた。


「――行き止まりだ。箱があるな」


 状況を説明してくれるメジムラハーメイトン。


「それって宝箱だよ。マジン君って割とマニュアル人間だし。妙子達……あ、これは私の友達、に言われたとおりに、行き止まりにご褒美を置いてくれたんだ」

「ご褒美ってなぜです?」


 ロウエイカーサモが素直に尋ねてくる。


「私達に、行き止まりまで歩かせるための意欲を湧かせるためだよ」


 なぜか胸を張って答えるカラシノに、前方から皮肉げな声が聞こえてきた。


「理屈はわかるがな。それはこの箱に入っている品物にもよるだろう」


 そう言いながらメジムラハーメイトンは、杖の先で箱を開ける。


「なになに? なにが入ってる?」


 脇から飛び出した、カラシノが宝箱(仮)の中を覗き込む。定番なら金貨に銀貨に宝石がゴロゴロといったところだろうが、この宝箱(仮)の中には光り物はなにも入っていなかった。


 入っていたのは色とりどりで、ついでに様々な形の木片。一般的に言うところの、積み木だった。それだけに留まらず、輪投げや、木馬。どう見ても可愛く思えない人形など、たくさんの玩具が詰められていた。


 それを確認した三人は、顔を見合わせて笑い合う。


 防御のために住人達は全員、城の城壁の中に閉じこめられている。大人達はそれでも我慢できるだろうが、子供達はそうもいかない。

 真仁はそれを見越して、玩具を“宝物”として、用意していたのだった。


「……これではすべての行き止まりに行くしかなくなりましたね」


 ゆっくりとロウエイカーサモが告げると、メジムラハーメイトンも苦笑を浮かべながらうなずいた。


「やるなぁ、マジン君。これは手玉に取られるしかないなぁ」


 カラシノは頭をかきながら、それでも嬉しそうに微笑んでいた。

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