第26話 第五章-2「テストプレイは同時進行」

 アニメキャラクターがプリントされた通称“イタ家”はあれから新たな展開を迎えていた。描かれているキャラクターが「ワクチンわかば」に変わりはないのだが最終回近く、わかばの本星と地球が一大決戦を迎える時の月面でのわかばの姿が描かれている。


 “イタい”というよりも、もはや不条理ささえかんじる絵面であった。


「あ、最近の流行り」


 もちろん妙子はカラシノが気まぐれに家を建て替えている事は知っている。


「油断したがなかなか良い作品だったぞ。最初からきっちりと設計図が引かれていればもっと良い作品になっただろうに」

「だからそうだって何度も言ってるでしょ」


 真仁がいきなり主張を始めた。それに対してカラシノが反論する。


「しかし、たまたま隣に住んでいた年上の男性が地球最強の戦士になるという展開は……」

「や~め~て~!! そもそもなによこの惨状は! なにしたらこんなに散らかせるわけ?」


 ようやくのことで、妙子が一番突っ込むべきところに突っ込んだ。


「これだけの広さがある場合は散らかってるとは言わないんじゃないか」

「ねぇ」

「……この馬鹿夫婦バカップルが」

「よお、マサくん。プール入ろうぜ。こりゃあ入らない手はないよな」

「そこも! この家見て、何でそうなるのよ!」


 脳天気に割り込んできた昭彦に即座に突っ込む妙子。昭彦は言われて、周囲を一回ぐるりと見渡して、ゆっくりと肩をすくめると、


「水着がなかったな」

「今日は泳ぐためにここに来たんじゃない。ゲームはよくするんだろ?」


 今一度、真仁が目的を喚起しようとするが、昭彦はどこ吹く風で、


「うん、あ、するよ。するする。あ、でも今度泳がせてくれよ、カラシノ」


 と、実に軽く応じる。


「マジン君が一緒なら、考えてもいいよ」

「え~~~? いいじゃん、俺だけでも」

「君だけを呼ぶと、嫉妬してくれるようなマジン君であって欲しいと私は思ってる」


 その答えには、さしもの昭彦も神妙な表情になって、真仁の方を窺うが、その鉄面皮に変化はない。いや、眉毛が少し動いているので、カラシノ流に見れば不機嫌な方向に心は動いているようだ。


「カラシノ、自分への要求に僕を巻き込むな。自分で対処しろ。武藤、すまんが今回は諦めてくれ。これから君に頼むことは恐らく時間がかかる。間宮、君もだ」


 真仁がそう言って場を仕切り直したことで、昭彦はとりあえず自分の主張を引っ込めて、妙子も突っ込むことを保留することにした。


「……実は今、カラシノ専用にゲームを作っている。僕は要するにプログラマーだな。その部分に問題はないのだが、いかんせんシナリオやカラシノを楽しませるための上っ面、そういうあまり重要でないところが上手くいってないようなのだ。そこで、それを補うための知恵を借りたい」


 カラシノは、真仁の執念深さにそっと苦笑を漏らし、同時にその意図を悟って、


「うん、そー」


 と昭彦もかくやという軽さで、真仁の言葉を肯定した。さすがに真仁の頭の中に王国があるなどという説明は、そのとっかかりからして思いつかない。


 もちろん妙子は、その説明に納得した様子はなかったが、こちらも反論のとっかかりを見つけられないのか、とりあえず静観の構えのようだ。


「それって最初から、全部作るのか?」

「いや、ゲームは半ばまで進んでる。作りながら進めてるんだ。カラシノは要するにテストプレイヤーということだ」


 昭彦の質問に、真仁は即興で嘘を積み重ねて、もっともらしい形に近づけていく。


「うん、そー」


 そして片端から、カラシノが微妙にしていく。


「具体的には、今長めの洞窟――ダンジョンと言うんだったか――の作成に取り組んでいてな。前回のダンジョンはいたく不評だった」

「へぇ」


 と、声を上げたのは妙子。カラシノからの評価を気にする真仁に思うところがあるらしい。先ほどよりは幾分か柔和な表情を浮かべている。


「で、私は何でここに連れてこられたの?」

「君の担当は、対カラシノ心理戦要因だ。そうだな、もう見てもらった方が早いか――」


 言いながら、真仁が先に立って歩き出す。勝手知ったる他人の家、というか他人の敷地そのままの行動に、昭彦と妙子は何となく顔を見合わせて肩をすくめあった。


 真仁は敷地の中心地――すなわち混沌の中心地――の白いテーブルの側まで歩いてゆき、その上に置いてあった方眼紙を二人に示す。それと同時に、カラシノに向こうに行けと指示を出す。

 カラシノは渋々ながらもそれに従った。


 残りの二人は、真仁作らしい方眼紙のマップに見入る。そこには真仁らしい直線のみで構成された、通路の図面があった。


「なんだこりゃ」


 その図面の異常さに、昭彦はすぐに気づいた。


「マサくん、これ一本道みたいだけど……」

「そうだ。何だかよくわからんが、RPGでは定番だと言うからな。こちらの目的としてはカラシノに魔……レベルアップさせることだから、出来るだけ長い道を設定した」

「でもこれじゃ、迷宮じゃない」

「迷宮? ダンジョンというのは洞窟の事じゃないのか?」


 真仁が聞き返すと、昭彦は困ったような表情を浮かべて、横の妙子に救いを求める。


「RPGで言うのなら、迷宮の方が妥当でしょうね。カラシノがどう言ったのかは知らないけど」

「では、根本的に作り直しか。だが、行き止まりが作れるのなら、それはそれで長くダンジョンに居続けさせることが出来るし、やり直そう」

「ちょっと待って、これ遊ぶのはカラシノなんでしょ。安易に行き止まりばっかり作ってるとあの娘、絶対途中で飽きるわよ」


 その指摘に真仁はしばらく考えた後、大きく頷いた。


「行き止まりには宝箱があったりするんだ。だから、無駄とわかっててもついつい行っちゃうんだ。あれは上手くできてるよなぁ」


 すかさず昭彦が、ダンジョン作りの極意とも言うべき言葉を口にした。真仁は自分の選択に間違いがなかったことを確認し、口元を横に広げた。






 ……以上のような顛末を、カラシノは共に洞窟を行くメジムラハーメイトンとロウエイカーサモに話してみせた。杖の先に魔法の光を灯した魔術師の表情が歪む。


「基本的な考えで言えば、マサヒトの考えにワシは賛成だ。現状で娯楽を求めてどうする?」

「あなたがそう言ったら『レフという男を騙すための手段になりうる』と伝えるように、ってマジン君が」


 魔術師の顔がさらに歪んだ。それとは反対に弾む息を抑えながらも、笑みを浮かべるのは神官だった。


「我々は、というか宮廷魔術師殿は本当に頼もしい方に巡り会えたのですね。まさか帝国の魔術師相手にこうも優位に事を進めることが出来るとは思いませんでしたよ」


 ロウエイトカーサモがここにいるのは、無論カラシノの怪我対策だ。最初は怪我をする度にカラシノが城へと引き返してきたのだが、効率が悪いので、ついてきてもらうことにしていた。そうなるとカラシノとしては、メジムラハーメイトンを引き連れてのパーティプレイを試みたくなる。


 そこで熱心に魔術師と真仁を口説いて現状に至っていた。メジムラハーメイトンには同行を。そして真仁には、城を守りやすい地形に変えてくれるように、と。


「帝国魔術師など、どれほどの事もない。ただ、ああも大人数で来られてはな」

「そうそう、それを訊いてきてくれって頼まれた」


 と、カラシノが切り出したところで、怪物の群れが現れた。

 とは言っても、元は真仁が特撮作品の着ぐるみを元に作り出した怪物達だ。設定的には元々このマジン界に生息しており、それを利用する形でレフが魔力を注ぎ込んだ、ということになっている。


 怪物の数は合計三匹。元は蜘蛛をモチーフにしたと思われるフォルムの怪物で、この洞窟では最も多く生息している――そういう設定だ。元より、真仁は怪物の種類を増やすことにさほど熱心ではないので、結果的にそうなった、というだけの話でもある。


 蜘蛛がモチーフだけのことはあって、相手は腕が多い。それぞれを巧みに腕を振り回して、カラシノに襲いかかってくる。メジムラハーメイトンもロウエイカーサモも手出しはしない。設定的にカラシノが倒さなければ意味がない、という事情もあるが、すでにカラシノの戦いの技量は人の手助けを必要とする段階ではなかった。


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