第五章 “続編あり”のエンディング

第25話 第五章-1「被害者は増えるもの」

 期末テストは早くも二日目を迎えていた。今日の科目は英語と数学。どうしてこんな科目を一日に並べるのかと、教師達への恨み辛みが巻き起こったのは言うまでもないが、だからといって覆るはずもない。


 結局、どちらかの教科を捨てるという対処療法に走らざるを得ない。だが、中にはそのどちらも選べない生徒もいる。


「マサくん、答え合わせしよーぜ~」


 二時間目の数学が終わるとお気楽な声を上げて、昭彦が近付いてきた。何となく窓の外を眺めていた真仁は、即座に返答する。


「思うんだが、その行為にどれほどの意味があるんだ? 今さら解答を書き換えられるわけでもなし」

「気休めをして、明日に備えるんじゃないか」


 その答えは、真仁をして思わず「なるほど」とうなずかせるに十分な回答だった。だが、昭彦の提案に応じるには、今の真仁には問題があった。


「残念だが、今回、僕は自分の解答にまったく自信がない。君に間違った答えを提示してしまうかも知れない」

「え、そりゃあ困る。諦めるに諦められない」


「……やはり答え合わせには有意義なものを見いだせないな」

「だいたい、どうしたんだよ。カラシノとラブラブ試験勉強してたんだろう」

「ラブラブも試験勉強もしていない」


 またも即座に返答する真仁に、今度は昭彦も即座に返した。


「何で!? あれだけ一緒にいてラブラブしてないなんておかしいだろう?」

「……君の優勢順位には承伏しかねるものがある」


 そう言い返したところで、真仁はふと思いついたことを尋ねてみる。


「カラシノって、成績はどうなんだ?」

「どうなんだって……何でマサくんが知らないんだよ。彼氏だろう」

「今まで気にする機会がなかったんでな。もしあまり良くないのなら、夏休みは補習かもしれんな」


 もっとも、本人は成績など欠片も気にしないだろうが、と真仁は心の中で付け足す。そんな折“噂をすれば影”の言葉通りカラシノが真仁の教室にやってくる。テストが終わるとカラシノがやってくるのは、いつものことといえばいつものことだったが、今回は連れがいた。


「妙子、何してるのよ。ここまで来ておいて」


 間宮妙子が、カラシノの陰に隠れるようにして付いてきていたのだ。何事だ、と真仁がそちらに目を向ける。すると真仁と目が合った妙子がカラシノを押しのけるように前に出て来て、


「来てあげたわよ」


 と、突然の宣言。真仁は眉を潜め、


「なぜ、そんなに上からなんだ?」

「そうじゃないでしょ妙子。マジン君が心配なんでしょ」

「心配?」

「マジン君が倒れたときに、妙子も見てたのよ。で、結構気にするのよ。前にケンカしたみたいになっていたことも影響してるみたい」

「ああ……」


 なんともコメントのしようがなく、真仁が何となく妙子を見ていると、


「マサくん、誰?」


 横から昭彦が尋ねてきた。真仁は渡りに船とばかり、


「カラシノの友人の間宮さんだ。君の紹介もいるのか?」

「是非是非」


 勢い込んで頼んでくる昭彦に押されるようにして、真仁は二人に向き直り、


「カラシノ、間宮さん、こちらは僕の友人で武藤昭彦だ」


 すると二人は揃って、大きく目を見張り、


「マジン君、友達いたんだ」


 妙子も口にこそ出さなかったが、同じ思いだったのだろう、うんうんとうなずいている。


「ああ、彼しか条件に合うものがいなかったからな」


 真仁はまったく動じず、自分の中の“友達”というものの定義を披露した。それにつれて、昭彦が真仁とカラシノを出会わせる上で重要な役割を果たしていたことが判明する。


「ありがとう!」


 カラシノが、突然に昭彦の手を握りしめた。


「この朴念仁、好きな女の子出来ても努力の“ど”の字もしないから、君がいなかったら永久に巡り会えないところだった」

「あ、ああ、でも探そうとしたのはマサくんだったし、別に努力するまでもなく、あんたは有名だったから……ところで“朴念仁”って何だ?」

「えっとね……マジン君、解説」


「僕に対する評価を、どうして僕が解説しなくてはならない? それに、君のことを好きだと断定した覚えは一度もないぞ。可能性があるだけだ」

「ちょっと!」


 今度は妙子が突然割り込んできた。


「この期に及んでなんてこと言うのよ! カラシノはあんたのことを好きなのに!」

「その仮定にも疑問が残るが、仮にそれが事実だったと仮定しても、だからといって僕がカラシノに好意を抱く理由にはまったくなってないだろう。前にも言ったかも知れんが、君はまったく論理的ではないな。ところでこの通り僕は元気だ。心配してくれて礼を言う」


 恐らくは怒り出すべき点が多すぎたのだろう。妙子は振り上げた手をそのままに、顔を紅潮させて固まってしまった。その様子を無感動に見つめていた真仁はふむ、と頷いて、


「カラシノ、間宮さんとのつきあいは長いんだな?」

「うん、オナチュー」


 その答えを確認すると、今度は昭彦へと目を向けて、


「武藤、君はゲームはする方か? この場合RPGじゃないとほとんど意味がない」

「ああ、するね。バリバリするね」


 軽すぎる昭彦の答えだったが、真仁はその答えで納得した。そこでカラシノを連れて、ひとまず廊下に出てから、こう宣言する。


「カラシノ、今日はこの二人も連れて行くぞ」

「いいけど、なんで?」

「結局、僕は圧倒的に経験不足なんだ。そのためのブレーンを補充したい」

「妙子はそんなにゲームしないよ」

「間宮さんは君対策だ。この“ゲーム”は君専用なんだ。当然君の知識が必要になる」


 カラシノはそれを聞いて、じっと真仁を見つめる。


「……マジン君『面白くない』って私が言ったことを根に持ってるでしょう」


 真仁は微妙に眉を動かして、


「……持ってない」


 カラシノがにんまりと笑う。が、その表情が一瞬で曇る。


「でも妙子が……」

「すまんが今回は彼女の事情を鑑みている余裕はない。僕のことを心配だというのなら、協力してもらって悪い法もないだろう」


 ――数分後、妙子と昭彦はカラシノ操る軽自動車の中で恐怖に硬直していた。





「すっげ! プールがある家なんか初めて見た!」


 晴れ渡った青空の下、興奮の声を上げる昭彦と対照的なのが妙子だった。髪を逆立て、腕を振り上げ、今にも爆発しそうなのだが、なぜか沈黙を守っている。


 妙子はもちろんカラシノの家というか敷地に来るのが初めて、というわけではない。が、以前に訪れたときはもう少しまともだったと記憶していた。


 プールはいい。問題なのは、あちこちに打ち捨てられた鎧、兜に甲冑。それと同じようにうずくまる異形の怪物達。よく見ればそれは特撮番組で作られた着ぐるみのようだったが、どう考えても個人の家に転がっているような代物ではない。


 そしてその怪物のそれぞれに何本もの剣が突き立てられている。しかも、この剣はどうやら本物らしい。古戦場もさながらの雰囲気である。

 しかも免許を持っているはずがないカラシノの運転でここまで来ておいて……


 よりにもよって最初に驚くのがプールか!


 という昭彦への怒りもある妙子は、要するに感情が飽和してフリーズしていたのだ。そして格好の怒りのぶつけどころを発見する。


「カラシノ! 何なのあの家は!」

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