第24話 第四章-8「告白と開戦」

「さ、来たよ。これが今日の本命」


 そう言ってコンテナに近付くカラシノのあとに付いていって、真仁が中を覗き込んでみると、中にはおびただしい武器甲冑。それも中世ヨーロッパのものと推測できる。


「なるほど、とは思うがこういうものなら向こうの世界で用意してくれるだろう。鉄も鍛冶技術も……」

「やだ。向こうの道具って、実用一点張りで、もの凄く格好悪いんだもの。全然雰囲気がないの」

「やだって……レベル1からいきなり最強武装で戦うのか」


「だって、さっきのマジン君の話だと武器は変えられないじゃない。それじゃあ、最初からそれっぽいもの持ってないと、味気ないわ。人形劇三国志みたいになるわよ。偉くなってるのに鎧がずっと地味なままという」


 カラシノの主張には、真仁は苦笑しながらも頷かざるを得ない。となると、このおびただしい武具の中から、カラシノ用の剣と鎧を選んでマジン界に出現させることとなる。

 図らずも伝説の装備を作るような状況になってしまった。


「カラシノ、あのふざけたデザインの鎧に未練があるわけではないんだろうな? 腹が守れないって言うのは致命的だぞ」

「うん、あれはもういいよ。ミスリル銀のピカピカの鎧がいいなぁ」


 ミスリル銀というのが架空の破邪の金属であることは、真仁も知識で知っていた。この場合一番重要なことは“架空”という部分だ。真仁はカラシノの戯言を半分無視することにして、コンテナの中に入り全身を覆うプレートアーマーを中心に物色してゆく。

 そこで、ふと疑問が湧いた。振り返ってカラシノに尋ねる。


「カラシノ、いくら何でも対応が早すぎないか? 武具がいると思いついたのは今日、僕の部屋でなんだろう」

「あ、それはね。今ウチの両親がドイツ……辺りの古城にいるのよ。あの後連絡を取ってみたら、そう言ってたのを思い出したわけ。で、その城にあった物を送ってもらったの」


 真仁は眉を潜めた。ドイツから数時間で日本に荷物が届いたという事実よりも、


「君のご両親は健在なのか」


 という、一種ファンタジーのような現実に目眩を覚えたからだ。


「いないなんて誰も言ってないわよ。母さんが突然思い立って、城を買ったのよね。で、父さんはそれに付き合ってるわけ」


 適当に持った剣を振り回しながら、カラシノが答える。どうやらかなりの重量らしく振り回す、と言うよりは振り回されていると言った方が良い有様だったが。


「……どうしてか、君のお父さんに親近感を覚えるな」

「そう言えば、マジン君とこのご両親は? 息子が倒れたって聞いたら普通は……ありゃ、どこにいるの」


 後手後手に回った不細工な質問だったが、真仁は肩をすくめ、


「共働きだ。帰ってこなかったのは、あの男が家に戻れると聞いたからだろう。ウチの両親は人が良いのか“更生する”などという幻想を信じているようだからな」

「お兄さんは何を?」

「何処かの修理工場で働いている。時間に融通が利くんじゃないか? 詳しくは知りたくもないし、興味もない」


 けんもほろろな真仁の反応に、カラシノは剣を鞘に収め、


「ま、いいか。そういう事情は聞いていく機会はまたあるだろうし」


 その言葉に真仁は鎧を探す手を止めてカラシノへと視線を向けた。それに応えるようにしてカラシノは収めたはずの剣を再び抜き放つ。


 シャン……と剣が涼しげな音を立てた。そしてカラシノは意を決したように真面目な表情を浮かべ、


「あのね、私達両思いなのよ。マジン君好みの難しい言葉で言うなら、相思相愛って奴なのよ」


 剣を振り回しながらの愛の告白。だが、真仁の鉄面皮はそれぐらいでは崩れなかった。


「君が僕を色んな意味で誤解していることがよくわかった。目を覚ませカラシノ」


 氷点下の声で、冷静に忠告する真仁。


「くっそ、本当に浮き立たない人だな。あのね、告白してきたのはマジン君が先なんだよ」


 そこで初めて真仁はカラシノを真っ正面から見た。世界が闇の中に沈む中で、カラシノの振るう剣だけがキラキラと輝いている。


「……覚えがないな」

「だって頭の中に私の管理地があるって事は、要するに“私のことで頭がいっぱい”ってことじゃない。一般的に言うところの」

「それは曲解だろう」

「ちなみにこれはメジ……ええい、面倒くさい。ジムも同じ意見よ。どこで見初めてくれたのかは、わからないけど、マジン君は私のことを好きなのよ」


 真仁はそこでため息をついた。だが、カラシノはそんなことではめげなかった。


「で、私もマジン君が必要なのよ。人がこんな風にトキメキ間違いなしの話をしてるのに、どんどんテンションが下がっていくところとかも含めて」


 カラシノは自分の言いたいことを言い切った、とでも言うかのように持っていた剣を鞘にしまう。


「剣はこれでいいわ。振り回しているウチに気に入っちゃった」

「鎧はこれでどうだ?」


 真仁がコンテナの中から、一組の鎧を引っ張り出してきた。鎧の各パーツが展示用に飾られており、しかも台車の上に乗っていて移動も容易に出来るようになっていた。恐らくはカラシノの父の差配なのだろうが、実に有り難い心配りだ。


「形とかはいいけど、いかにも重そうだねぇ」


 真仁が引っ張り出してきた鎧を見て、カラシノは一つ文句を付けた。


「君に確認して欲しいのはデザインだ。僕は構造を理解する。そうすればあとは、材質をもっと軽い物にしてもいい。ジェラルミンとかチタンとか」


 言いながら、真仁は改めて自分の選んだ鎧を見つめてみる。先ほどは暗いコンテナの中だったので気付かなかったが、手入れの行き届いた鈍色に光る鎧の正面には細かな刻印が刻まれており、所々には彫金まで施されていた。武張った肩の装甲部分は明らかに装飾過多で、要するに全体的に実用性に乏しい感じだ。


「ね、着てみようか」

「簡単に言うが、この手の鎧を着るのは大変だったはずだ。あまりお勧めしない。もっともサイズの微調整がいるから、いずれは着てもらった方がいいと思うが……」


 近付いてきたカラシノに、真仁は難しい顔で告げ、そのままの表情で、


「カラシノ、さっきの話な。別にスルーするつもりはないんだ。真剣に答えたいとは思うんだが……」

「うん」

「確かに僕はこの状況になる前から君のことを記憶していた。だが、その原因が君への好意なのかは正直僕にはわからない」

「うん」

「で、君の方の話も、それだけで判断すると探していた人物の条件にたまたま僕が当てはまった、という解釈も成り立つから、それもまた好意かどうかは定かではない」


 さすがにその言葉にはカラシノも容易にうなずけない。が、とっさにそれを否定するだけの材料が手元になかった。目の前の男は条件に合致するだけに『好きなものは好きなんだ』などという感情論はまったく通用しないだろう。


 恋愛にまで理屈を求める偏屈者――母さんは良く父さんと結婚できたな、とカラシノが初めて母親への敬意を感じていると、真仁が不意に表情を崩した。とは言っても、わずかに口元が動いただけというのが、いかにも真仁らしい。


「それにだ、僕がこういうことを言うときっと笑われるのだろうが、異性と付き合うとなると、僕でもはっきりと好きだと思える相手と付き合いたいんだ。僕の性格上、無理な注文かも知れないが」


 すると、カラシノの方は実にわかりやすく表情を動かした。満面に笑みを浮かべ、瞳をキラキラと輝かせる。無理もない。真仁のその言葉は、カラシノが探していた人物の条件に、真仁がかっちりと当てはまったことを意味していたのだから。


 思わず真仁に抱きつこうと大きく手を広げたカラシノを、真仁は目で制した。


「が、そんな話も僕の命が助かってからだ。死んだら好きも嫌いもないからな」


 その言葉にカラシノは改めて現実を思い知らされる。


「まったくメジムラハーメイトンは厄介事を持ち込んでくれた。だが奴がいなければ君とこうしている時間もなかったと思うと少しばかりの感謝の心もある。それが僕がメジムラハーメイトンに味方する理由だ」


 ざっくりとまとめて見せた真仁。それを聞いたカラシノは、真仁から一歩下がって距離を取り、


「あっはっはっは」


 といつものごとく高笑い。そして、今まで見せたことがないような色気のある笑みへと変化させて、


「それってもう、ほとんど告白だよマジン君。うん、私もマジン君の命を救うために頑張るね」

 

 ――そして、その日勇者カラシノはマジン界を救うための戦いを開始した。

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