第22話 第四章-6「カラシノは推理してみる」
「まぁ、この辺は地味だよね。二三匹も倒せばレベルが上がると思ったから、そうすれば楽になるよ」
「どのぐらいまでレベルを上げればいいんだ?」
「そうだねぇ……」
上を見上げながら、カラシノはポロシャツの裾をパタパタと扇ぐ。やはり扇風機だけでは、山頂で生活するカラシノにとってこの部屋は暑すぎたらしい。おまけに今は微量ながらもモニターが発する熱もある。汗もうっすらと肌に浮かんでいた。
「カラシノ、女臭い」
真仁がそんなカラシノにダメだし。その一瞬、カラシノの右手が唸り真仁の後頭部を叩いた。
「女だもん、仕方ないでしょ」
「……えらく簡単に手を出すようになったな、君は」
「口では負けっぱなしだからね。ちゃんと付き合ってたら、胸を押しつけるとか、ちらりとしてみせるとか、いきなりキスとか色々特典が――ごめんごめん、ごめんなさい。もう言いません、もう馬鹿なことは言いませんから!」
凄絶を通り越した、無色透明な真仁の視線を受けてカラシノは、まるで空襲に備えるかのように頭を抱えながら、謝り倒す。
「冷蔵庫に麦茶がある。それでも飲んで頭を冷やしてこい」
少しは温度が感じられる、それでいて充分に冷淡な口調で真仁はカラシノに告げる。カラシノもここは素直に従っておこうと、ふすまを開けて部屋の外に出た。
冷蔵庫、というか台所の場所は確認するまでもなかった。謎の男が先ほど引っ込んだ方向に、流しがあったのをカラシノは見ている。
そう、謎の男――
(結局誰なんだ?)
という至極もっともな疑問を抱きつつ、カラシノは再び謎の男の前に立った。考えてみれば、今まで真仁から説明の一つもないのがまた不思議な話だ。策に策を積み重ね、策に溺れるのが本望にも見えるほど、用意周到な真仁にしては手抜かり――
いや、理由としてはもっと単純なものなのかも知れない。
「すいません、お茶いただけますか。冷蔵庫に冷やしてあると伺ったんですが」
とりあえず、この場に現れた大義名分を振りかざしてみる。すると謎の男は弾かれたように立ち上がり、流しの上の戸棚から四角いお盆を取り出し、その上にコップを二つ。
そして冷蔵庫から、ガラスのビンを取り出した。
真仁はお茶がいるなどとは言っていなかったが、持って行って文句も言われるものでもないだろう――言いそうな気はするが。
「あ、ありがとうございます」
謎の男がコップになみなみとお茶を注いでいるのを、少し不安に思いながらもカラシノは礼を言いながらお盆を受け取ろうとする。その手がお盆に触れたその瞬間、謎の男がいきなり話しかけてきた。
「あ、あの君は真仁の……彼女か――なんですか?」
何だか酷く苦労して敬語を使っている。それを聞いてカラシノは、自分もまた真仁との“関係性が謎の女”であったことに気付いた。カラシノは少し考えてこう返事をした。
「いえ、真仁君が彼女じゃないと言い張るので、彼女ではないです。でも友達ぐらいは言ってもいいでしょう。何だかお使いも頼まれましたし」
すると謎の男は、傍目に見てもわかるほどに喜び――いや、安堵だろうか――の表情を浮かべて、深々とカラシノに頭を下げた。
「どうか真仁をよろしくお願い――するっス」
身内には違いないんだろうけど――カラシノは結局、謎の男と真仁との関係性を聞けぬまま、お盆を持って真仁の部屋に引き返すことにした。謎の男の応対に気圧された、ということもあるが真仁に聞いた方が話が早そうだと感じたからだ。
そこでカラシノも軽く一礼して、
「マジン君、開けてよ。手が塞がって……」
と、声をかけた瞬間ふすまが内から開けられた。カラシノはその隙間に身体を滑り込ませ、それと同時に有名なレベルアップ音が鳴り響いた。
「お、レベルアップしたね。そうそう、3レベルぐらいまではその辺りでうろうろした方がいいと思ったよ」
「あと1レベルだな」
再びモニターに視線を戻す真仁の隣にカラシノは腰を下ろす。そして自分が持ってきたお茶を一息で飲み干した。それから、意を決して尋ねる。
「あれ誰?」
「僕と完全に同じ両親から先に生まれた男だ」
コントローラーのAボタンを叩き付けるようにして押し込みながら真仁が答える。
「は?」
「競馬では全兄とでもいうのかな」
カラシノはそれこそ馬券をすったような顔をして、まとめて見せた。
「要はお兄さんね。変な言い方して、こだわりでもあるの?」
「ない。ただ、同質の人間だと誤解されるのが嫌なだけだ」
「いや、並べてみたって同じだとはとても思えないけど……」
カラシノはそこで首を捻る。それから、今までの真仁の言動や仕草などを思い出してみる。無論、この家に来てからだけではなく、今までのつきあいの中からも思い出す。
「……マジン君の真似をして、ちょっと推理してみたんだけど、言ってもいいかな」
「僕に止める権利はない――ようだな、どうやら」
真仁の許可を得ると、カラシノは改めて居住まいを正しながら話し始める。
「あのお兄さんね、昔悪だったのよ。今も、かもしんないけど。で、一番悪かった頃にマジン君はもっと小さかったわけだ。多分……なんて言うんだろう子供が一番手がかかる辺りだと思う。ご両親は馬鹿やってるお兄さんへの対処で忙しくて、マジン君は放置されて、それで情緒も何もない、世界を信頼しない性格が出来上がった――どう?」
そこでまたレベルアップの音が響き渡る。
「……一つ言えることは、そんな内容本人に確認取ったところで客観的な返事など返ってこないと言うことだけだな」
「あ、当たりなんだ」
真仁の返事を最初から無視して、カラシノは自分の推理に満足した。返事がどうでも、真仁の表情を読み取れば、自分が痛いところを突いていることは理解できたからだ。
真仁もそれを肯定するかのように、再びゲームに向き直ろうとする。が、次のカラシノの一言で、その集中はかき乱されることとなった。
「んじゃあ、私はお兄さんに感謝だなぁ」
この台詞はさすがに真仁も聞き流せない。いつもよりさらに眉を潜めて、
「――どうしてそうなる?」
「だって、ウチは代々、そういう人を必要としてたんだもの。私はマジン君が気に入ってるから、そういう性格なのは有り難い」
真仁はモニターの中のヌアザを城の中に戻し、宿屋に泊めてからカラシノへと向き直った。
「どうも君の今日の言動は、主体を入れ替えないと理解できないものが多い。家に帰ってゆっくり休むことだ」
「い、いや、あのね、もっと他に言うことがあるでしょ」
「うむ。ゲーム代にゲーム機代にテレビ代と今日は甘えすぎてしまった。この借りは……金銭的なものに換算すると果てがないので、これから始まる君の仕事を出来るだけ面白くする、ということでどうだろうか? むろん折を見て金銭も返却してゆく」
「仕事って、あのレフとか言う人を倒すって事? それはまぁ、考えただけでも面白そうだけど、私、剣とか振り回したことないよ」
「そこを何とかするのが僕の仕事だ。まずは、今晩にでも行って被害状況を調べてきてくれ。まずは本拠地の復旧から始めなければな」
「う、うん。明日でいいよね……っていうか、マジン君も来れば……」
「神官がいて、魔法があるということは僕を呼び出すよりも緊急にやるべき事があると推測される」
相変わらずの持って回った言い様だったが、カラシノはすぐに“癒しの魔法”あるいは“回復呪文”の存在に思い至ることが出来た。そういうことであれば、確かに
戦争が起きたというのなら、怪我人も一人や二人では済まないだろう。
「それと明日は学校を休むつもりだ。調査は二日かけてもいい。相手も手詰まりだろうから、慌てることはない」
「で、でもカロリーは?」
「練乳でいい。別にデータ量が格段に増えたわけではないからな。だが、今日はここで限界のようだ」
そう告げた途端、真仁は布団の上に倒れ込んだ。保健室の時と同じように、出し抜けに意識が切れたらしい。
カラシノはと言えば、屋根に登ったところで梯子を外されたような有様だ。しばらくの間、その場に座り込んでまったく建設的でない事を色々と模索もしたが、結局真仁の家を辞することにした。
――何か大事なことを忘れている気はしたが。
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