第21話 第四章-5「戦力の逐次投入は正義」

「僕は今から頭の中の世界を書き換えるつもりだ。レフとかいうのを……そうだな世界征服を目論む悪の魔王――ではなくて悪い魔法使いに設定するのが適当か」

「そっか……で、私はマジン界にいって、その魔王を倒すのね。でもレベルアップ……なるほどそれで私のウェストサイズのことを聞いたのか」


 カラシノは真仁の意図を理解し始めていた。


「で、そのためのアーキテクチャを組み上げるためにRPGを買ってこさせたのね」

「そうだ。説明書を見せてくれ」


 カラシノは真仁がまだ説明書に夢を見ていることに呆れながらも、ゲーム器のセッティングをすることにした。箱からモニターを引っ張り出し、ビデオ端子に三色のピンを突っ込んで、同様の作業をスーフレにも行った。


 電源を求めてコンセントを探すが、部屋にあるコンセントの一つは扇風機に使用されていた。さほどの効果があるとも思えなかったが、ここで風の援軍が無くなるのはかなり痛い。もう一つにもプラグが刺さっていて、そのコードは学習机から伸びていた。

 これを抜こうと決意したが、何にしてもコンセントが一つ足りない。


「机にコンセントが二つある」


 説明書から目を離さずに、真仁が指示を出した。文字を読んでいる真仁に文句を言っても無駄に終わることは学習済みのカラシノは立ち上がり、机の奥にあるコンセントからラジカセのプラグを引っこ抜いた。そしてずっと手に持ったままのモニターのプラグを差し込む。次いで、スーフレのアダプター経由のプラグを差し込んだ。


 さらに「トラリサ」のソフトを取り出して、スーフレに差し込んだ。これで両方に電源を入れれば、ゲームを始める事が出来る。


「……この“はがねの剣”というのがゲーム中で最高の剣か。存外現実に即しているものなんだな」


 一段落したカラシノの耳に、理解できない言葉が聞こえてきた。


「で、アイテムがこれだけか。あまり彩りが……」

「説明書は半分も書いてたらいい方だって言ったでしょ。そんなのほんの一部だよ」


 カラシノがそう言うと、真仁は露骨に顔をしかめた。


「そういうのは説明書とは言わないだろう」

「全部書いてたらつまらないじゃない。とにかく」


 カラシノはスーフレのスイッチをバチンと入れた。モニターの中央に星が煌めき、起動音が響く。そして、今となっては古さを感じてしまうファンファーレが鳴り響いた。

 そして、「TIGER・RESEARCH」のロゴが現れる。


「……察するに、これが〝トラリサ〟だな」

「うん、少しマジン君に親しみが湧いたよ。名前はさすがに知ってるんだね」


 昔のゲームなので、ここからムービーが始まることもない。元より情緒不足の真仁はさっさとスタートボタンを押していた。さすがに説明書を熟読しただけのことはある。


 続いて、モニターに指示が現れた。


 ――〝名前を決めて下さい〟


「名前か。ヌアザにしよう」


 真仁は即決する。説明書を読んでいたときから決めていたらしい。聞き覚えのない名前に、カラシノは思わず聞き返した。


「誰?」

「誰って事があるか。ケルト神話で……」

「ああ、もういいわかった。マジン君の思う勇者に相応しい名前なんだね」

「ま、まぁ、そうだ」


 少し視線をそらせて、真仁はさらにゲームを先に進めた。カラシノは一度クリアしてるのだが、序盤の展開は綺麗さっぱり忘れていた。

 説明するとトラリサはいきなり城の中から始まる。


 真仁は人の形をしたドットの前にキャラクターを移動させて、Aボタンを押す。すると、そのキャラクターがこの世界の危機であると、説明を始めた。


 カラシノは、話しかけている相手が王様だったことを思い出す。それにしても真仁の操作に迷いがない。もしかしたら説明書に「最初にこの人に話しかけましょう」ぐらいは書いてあったかも知れない。


 その後も真仁は順調に操作を進めて、城の外に出た。


 外に出ると城のアイコンが表示され、ほとんど緑一色で塗られたフィールド画面に切り替わる。そこで真仁の操る勇者「ヌアザ」の動きが止まった。

 カラシノは自分の出番が来たと思い、勢い込んで真仁に話しかける。


「あのねあのね、こっからは世界のあちこちにいる虎に世界征服を企む竜王の弱点を聞いて行くのよ。でも虎も意地悪だから、色々注文付けてくるわけよ、そこを上手くクリアして……」

「なるほど、小目的追尾型RPGというわけか」

「え? え、何?」


 調子よく喋っていたところをいきなり遮られたカラシノがつんのめった。


「小さな目的が次から次へと現れるRPGのことだ。現在の主流だな。で、その反対が迷宮の奥に悪者が居るから退治してこい、と言われてあとは放置されるタイプのゲームだ」

「…………マジン君、ゲームしたこと無いんだよね」

「ない」

「そんなに外堀ばっかり埋めて楽しい?」

「そんなことより、これを説明してくれ」


 真仁はいつものごとくカラシノを無視して、真仁はモニターに映る城を指差した。今、自分から出てきた城とは別の城だ。青色――海か川なのだろう――に囲まれた城の方だ。


「あ、それが竜王の城」

「なんだと?」

「な、何を驚いてるのよ!」


 突然、声を上げた真仁にカラシノも負けずに声を上げた。


「最大目標の所在が最初から判明してるのか?」

「え? あ、ああ……そこを驚いてたんだ。いやいや、そこが上手くできてるのよ。そうやって見えてると簡単に行けそうでしょ。ところが、その城がある場所が絶海の孤島でね、そこに辿り着くまでがえらい苦労するんだ、これがまた」

「なに?」


 再び声を上げる真仁。カラシノは疲れたように眉を下げて、


「……今度は何?」

「確認するが、その竜王というのが一番強いんだろう」

「うん……そうだねぇ……強かったねぇ」


 過去の記憶を呼び起こされたのか、熟練兵ベテランそのものの顔でカラシノが答える。


「最強の戦力がその孤島に封印されてることになるじゃないか。そんなばかな戦力運用方法はないぞ」


 ところが真仁の方は、ファンタジーの大事な部分を真っ向から切り捨ててしまった。これには、さすがにカラシノも呆れて、


現実リアル幻想ファンタジーに持ち込まないでよ。そんな圧殺されるだけのゲームやって面白いわけないでしょう」


 カラシノのもっともな反論に、真仁は少し考え込んで、


「……確かに。考えてみれば、そういう設定の方が僕にも都合がいいわけだ」

「実によろしい。んじゃ、その辺歩いて。その辺は弱い敵ばっかり……今度は何?」


 説明の途中で、目をむき始めた真仁を見てカラシノは先回りに尋ねた。


「どう考えても戦力の逐次投入――いや、いい。それも利用しよう」


 まったく納得していないことは、真仁の表情からも明白だったが、とにかく文句を言うために口を開くことはやめたようだ。改めてモニターに目を向けて、コントローラーを握る。しばらく十字キーを押している内に画面が切り替わった。


 画面が暗転して、緑色の小鬼が一匹現れた。カラシノが何かを言う前に、真仁はボタンを連打していく。元よりこのレベルでは、他にやりようもない。


 だが、さすがにロングセラー商品の一作目。絶妙なゲームバランスで、ヌアザもまた瀕死になりながらも緑色の小鬼を倒すことに成功した。


「薬草はもったいないからね。宿屋が城の敷地にあるから……」

「心得ている。どうやらそうしないと破産するようだな」


 真仁は迷うことなくヌアザを出てきたばかりの城の中に戻した。そのまま宿屋に泊まる。

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