第20話 第四章-4「勇者への告知」

 開けるとそこには布団の上で上半身を起こしている真仁の姿があった。カラシノが来ることを見越してのことか制服姿で、そんな有様であるから、言うまでもなく微妙な違和感がある。


「マジン君、起きてて大丈夫なの?」

「もちろん大丈夫ではないが、保健室の時よりは随分マシだ。点滴が効いたのだろう。熱も平熱だし、問題は日頃から削れ気味の体力だけだ。それに僕には使命がある」

「ゲームでしょ」

「違う。人の体温の限界について君に教えることと、僕がこのような事態に陥った原因を君に報告することだ」


 言われてみれば、それも中途半端だった。しかし、気を失うほど体力が減衰していた間のことを良くも覚えているものだ。


「人は生きていくためには、酵素が働いてくれることが絶対条件だ。が、酵素というのはタンパク質と同種でな。温度が上がると固まる。卵の白身と同じだ。もちろんこうなる酵素は働くことが出来ない。つまり人は死ぬ。その温度がおおよそ四十三度ぐらいだ。四十二度でも、長時間続けば死に至る」

「え~~~~!? だって、志々雄真実は? ハテナマンは?」

「虚構と現実を都合良く混ぜ合わせるな……ハテナマン?」

「で、熱出した原因は?」


 真仁の説教は完全にスルーするつもりらしいカラシノ。


「多分、僕の頭の中で戦争が起きたんだ。君が受け入れた亡命者が原因だろう」

「戦争?」

「その亡命者について教えてくれ」


 そう言われて、カラシノは昼休みに起きた出来事を語って見せた。するとその途中で、真仁が布団に向けて仰向けに倒れ込む。


「ど、どしたの?」

「名前をやたらめったら略し続けるから重要なことに気付かないんだ。レフという名前は、あっちの世界――ルの国の人間にしては短すぎるんだよ。説明……してなかったかな」


 言いながら、真仁は再び上半身だけを起こした。


「あ、そう言えばジム……メムジラハートンから聞いたかも」


 カラシノはそう思い出すと同時に、自分の行為が今度こそ文字通り致命的に真仁に迷惑をかけてしまったことに気付き恐怖した。

 真仁に相談せずに男を受け入れてしまったことも問題なら、あれだけ言われ続けたのに名前をきちんと覚えなかったことも問題。


 その上、レフがかなり美形だったことが、後ろめたさを倍増させていた。何だか浮気でもしたような気分だ。付き合ってもいないのに。


「とにかく座ってくれ。立たれていると僕も落ち着かない」


 言われるままに腰を下ろすカラシノ。そして、改めて真仁の部屋を見渡した。


 四畳半の部屋に、調度品としては傷だらけの学習机に、すっかりと古色が染みついている本棚が一つ。それにこれまた古いラジカセに首振り型の扇風機が一台ずつ。

 その扇風機は首を振りながら、穏やかな風を振りまいていた。だが、その風が逆にこの部屋の温度をカラシノに思い出させることになった。そして思い出した途端に、汗が噴き出てくる。


「で?」


 真仁が、難しい表情のままカラシノに先を促した。


「あの……ごめんなさい」

「何を言っている。話の続きだ。そいつは例の道具を持っていたんだな?」

「あ、うん。それっぽいのは確かに持ってた。でもそれが本物かどうかは……」

「よしこれで、筋が通った――今、君は謝ったな?」


 突然に真仁が話を蒸し返した。カラシノとしてはうなずくしかない。


「では、多少の苦労なら背負ってくれるな」

「え、え~~っと……多分引き受けるとは思うけど、もっと説明して。お願いだから」

「つまりだな……」


 体力が極限まで削られているせいか、心底めんどくさそうに真仁が応じる。


 つまりレフと名乗った男は、恐らくルの国を滅ぼしたという帝国からの追っ手。メジムラハーメイトンの弟子が帝国に捕まり情報が流れたのだろうと真仁は推測する。


「拷問ね」

「魔法だな。よほどその方が便利だ」


 すぐさま否定されたカラシノはふくれっ面になるが、もちろん真仁は構わない。


「持ってきた道具は恐らく本物だ。そうでないと、そのレフは手柄を立てても報われないからな。僕の頭の中から脱出する方法があると考えた方が無難だろう」

「手柄って……あのお姫様?」


「ああ。多分レフは僕の頭に入ると同時に行動したんだろう。で、戦争が起きて僕は高熱を出して倒れた。死ぬまでに至らなかったのは、先ほどと同じ理由だ。僕が死んだら王女も死ぬけど自分も死ぬ。それではレフにとっても意味がない。だから、兵を引いたんだ」


「でも、あのレフって人は一人だったよ。それは間違いない」


「兵を引くっていうのは、言葉の方便だ。もしかしたら何か破壊的な魔法の撃ち合いになったのかも知れない。ただ何だ……魔法と呼ばれるジャンルの中には、大きな人形を動かすようなものがあっただろう」


 いつも以上にややこしい物言いをする真仁にカラシノは首を傾げながら、


「もしかしてゴーレムのこと? っていうか、マジン君あれだけ本読んでるのにゴーレム知らないの?」


「知らなくはないが、苦手なんだ。僕は魔法という概念が今ひとつ理解できない。一度理解してみようと、TRPGのルールブックを読んでみたこともあるが、物語の中に組み込まれるとどうにも便利すぎるか、不便すぎるかの両極端であまり好きになれない」


「それアプローチの仕方が間違ってるよ。あ、それで今日RPGを」

「カラシノ、確認しておきたいことが二つある。君はどっちに味方するんだ?」


「は?」


「僕たちは双方に義理を負っていない。レフというのに味方するつもりなら、このまま放って置けばいい。逆にメジムラハーメイトンに味方するなら色々苦労がある」

「ジム……メジムラハーメイトン達を助ける方法があるの!?」

「もう一つの確認が出来ればな。では、メジムラハーメイトンに味方すると仮定して、そのもう一つの確認だ。カラシノ、君はウェストサイズを修正できていたのか?」


 ガツン!


 カラシノの右拳が綺麗な弧を描いて、真仁の顎を打ち抜いた。


「何で、その話が出てくるのよ! いいじゃない、少しぐらい見栄張ったって!」


 真仁の方は、そのまま意識を刈り取られそうになるところを、グッとこらえて、


「つまり出来るんだな。これで目処が立った。カラシノ君は勇者になるんだ」


 カラシノは、真仁に何を言われたのか理解できなくて眉を潜める。

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