第19話 第四章-3「ゲームの説明書とは不完全であるもの」
もう一度事情を説明するカラシノに、真鍋という名前らしい中年の警官は即座に桂木という名前らしい若い警官に指示を出した。
「今、署から車を出してもらうから、お前案内しろ」
「了解です!」
百八十度態度が変わっている。カラシノは笑みを浮かべながらため息をついた。だがそれも仕方がないだろう。
真仁が特殊すぎるのだ。
「それで、カラシノ様はなぜそのゲームを?」
黙り込んでいるのも良くないと思ったのか、真鍋が話しかけてきた。確かにその方がカラシノとしても楽だ。年の功とでも言うべきだろうか。
「私じゃなくて、友達が欲しがってるの。あとでお金を払うって言ってたから、出来るだけ安く買ってあげるのも親切かな」
「は?」
と、真鍋は一瞬戸惑った表情を浮かべるが、すぐに笑みを浮かべた。
「桂木そのようにな」
「はっ!」
その返事と同時に、法定速度を職権乱用で踏みにじったスキール音を響かせて、黒塗りの乗用車が交番に横付けされた。さすがに白黒パトカーを持ってくるような派手な真似は慎んでくれたらしい。
車に乗っていた制服警官と桂木が交代して、カラシノは車の後部座席に乗り込んだ。車は再びスキール音を響かせて急発進。カラシノは少しだけ真仁の恐怖を理解した。
連れて行かれた中古ゲーム店は「わんぱくおじさん」という名前だった。一瞬、戸惑いを覚えたカラシノだったが、ゲームというレクリエーション媒体のユーザーの事を考えると、将来的にどころか今を見据えたネーミングだとカラシノは納得する。
大通りに面した雑居ビルの一階にあり、立地条件はなかなか良いようでウィンドウ越しに見える品揃えも充分だった。
「ありがとう。お金は……」
「は、自分が立て替えさせていただきます!」
「うん。来月のお給料で良いかな?」
「もちろんです」
桂木はそう言って、制服のまま店内に入り込んだ。手のひらを返したように素直すぎる反応に、警察学校での“教育”が偲ばれる。
店内に警官が乗り込んできたことで、店内にいた五人ほどの客と、レジの所にいたアルバイトらしい若い店員にさっと緊張が走った。
「あのねトラリサの一作目、スーフレで出てたでしょ。それあります?」
カラシノが桂木の背後から首だけ覗かせて、店員に尋ねる。警官と一緒に入ってきたことで、店員もどうやらカラシノがただ者でないこと悟ったらしい。
「あ、はいあります。もう随分古いものですけど……」
「いくらですか?」
カラシノがそう尋ねると同時に、桂木――制服警官がポケットから財布を取り出す。その異常事態を前にして店員の表情に再び緊張が走った。レジを出て十把一絡げに売られているゲームをワゴンの中から探す。
「あ、ありました。え~っと値段は980円」
価格を聞いて桂木巡査が千円札を引っ張り出したが、そこで難しい顔をしているカラシノを見つけてしまった。
「ど、どうかされましたか?」
「そこはかとない不安が……ちょっと待ってくれる?」
言って、カラシノは携帯を取り出すとリダイヤル。
「あ、はい、そうです先ほどお電話差し上げた……真仁君は電話に……すいません………………あ、マジン君」
突然声色を変えるカラシノ。
「ご要望のゲームは手に入りそうなんだけどね、念のために聞くけどこれで遊ぶために頼んだんだよね、え? 違う?」
思いも寄らぬ展開に、桂木巡査に限らず店内にいた全員が耳をそばだてる。
「じゃ、なんで……うん、え? はぁ……あのねぇ、説明書に一から十まで書いてあるわけ無いじゃない。ゲームはやって初めて真価がわかるのよ」
電話の相手は、どうやらゲームの説明書だけを読みたがっていたらしい。どうにも無茶苦茶な相手だ。カラシノの主張に店内の全員がシンクロしたように、一斉に頷く。
「じゃあゲーム機無いの? テレビはあるとして……せめてビデオ端子は? 両方無い!?」
今度は店内の全員が近くにいた者と顔を見合わせる。
「わかった。ええっと……一式貸してあげるから、それで良いわね? 時間が……やんないとわかんないって言ったでしょ!」
と吠えて、締めくくりカラシノは電話を切った。そして店内の上の方に並べられている古いスーフレを睨みつけて、
「あれも買って」
「あ、は、はい」
「で、駅前の電気屋行って。あそこならお金はいらないから、安心して」
桂木巡査は財布からさらに三枚の千円を引っ張り出す。アルバイト店員がいそいそと会計を済ませると、カラシノはすでに入り口の側で巡査を待っていた。
「カラシノ様、ご立腹のご様子ですが射殺致しましょうか?」
「そういう気は回さなくて良いから」
店内に残された全員が、その発言に冷や汗をかいた。
それから一時間後に、カラシノは真仁の住む団地の一号棟の前に辿り着いた。車を一歩出た途端カラシノはまるでお湯の中に飛び込んだような感覚を味わう。酷い湿気だ。夕立が来るのかも知れない。
持ってきたテレビは液晶モニターだったので、カラシノは一式持って三階まで上がるつもりだったが、暑さによって簡単に心が折れてしまった。
「ごめん。最後に手間だけど、テレビだけ運んでくれない?」
「了解です」
すでに従僕と化している桂木巡査は即答する。カラシノを先頭に一号棟に乗り込み、日が差し込まないので幾分かは涼しい階段を上り三階まで。左側の扉の上の表札を確認して、ブザーを鳴らす。
すぐに扉が開けられて、中からカラシノの知らない男性が顔を出した。この人が先ほどからの電話の相手なのだろうが、今ひとつ真仁との関係性が見いだせない。年の頃は二十代半ばぐらいだろうか。
だが、まともな社会人には見えない、半端に色の抜かれた、これまた半端な長さの髪。
遠慮無くしげしげと眺めてみると、顔のあちこちに傷痕が伺える。しかも、その視界に桂木巡査――要は警察官――が入ってきた途端にその表情が凶悪に歪められた。
どのように推測しても、真っ当な人間には思えない。真仁も間違いなく真っ当ではないが、これはカテゴリが違う。
だが、とりあえずは挨拶は必要だ。
「カラシノって言います。先ほどから電話をしてる者です。真仁君に頼まれた物を持ってきたんです」
カラシノは深く考えるのをやめて用件を切り出すことにした。
「あ、あ、そうですか。真仁は部屋にいます。そこです」
と言いながら、謎の男は背後のふすまを示した。カラシノは頷くと後ろを振り返り、
「ありがとう助かったわ。お金は大丈夫?」
「は、大丈夫であります。では、本官はこれで」
桂木巡査は敬礼して立ち去っていった。
「あ、あのこれは……」
さすがに謎の男も不審に思ったようだが、
「カラシノか。入ってくれ」
真仁の声がふすまの向こうから聞こえてくると、謎の男は逃げるように台所へと引き下がる。カラシノは不思議そうに謎の男の背中を見ながら、ふすまを開けた。
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