第18話 第四章-2「カラシノの冒険」
気がついた。意識が回復した。目を覚ました。
自分がそういう状態にあることを真仁は自覚した。が、目を開けることはしなかった。
意識を失う――不本意ながら、昨日経験したばかりだ――瞬間に、これは死ぬな、と思っていたから正直予想外だったことも理由の一つ。もう一つは、身体にのしかかってくる柔らかい重さに果てしなく嫌な予感を感じたからだ。
そしてその予感は的中した。
「マジン君、私のこと好きだったのに……」
「おい」
さすがに突っ込まざるを得ない。
「主体がおかしいぞ。何を言っている」
喋るだけで酷く疲れるのに、面倒ばかりをかけて、という台詞は本当に面倒だったのでやめた。
目を開いたことによって周囲の状況が見えてくる。ここは保健室で間違いない。自分はベッドに寝かされていて、頭には氷嚢。多分体操着のまま。
そしてカラシノが近くにいて、他に人の気配はなかった。
「おかしくないよ。それが事実だもの。それにしてもちゃんと話せるんだね。先生が熱が高すぎるって、真っ青な顔してたから……」
「何度だった?」
カラシノの世迷い事は、この際放置することにした。
「四十二度だって」
「なるほど青くもなるわけだ。ほとんど死亡状態だ」
「そ、そんな熱が高いぐらいで……」
真仁は頭を振った。
「説明してやりたいが、今は本当に余裕がない。保健の先生は救急車でも呼びに行ったのか?」
「いや、それじゃ間に合わないかも知れないから医者を呼んでくるって。私はその間様子を見ててくれって。ほら……私達の仲は有名じゃない」
「賢明な処置かな……カラシノ、亡命者が来なかったか?」
真仁がいきなり核心を突いてくる。カラシノは咄嗟に答えられなかったが、何よりもその表情と態度が、真仁の言葉を肯定していた。
「やはりな。それでこの現象は説明できる。僕が死ななかった理由も」
コミュニケーション能力が欠如している男は、カラシノを置き去りにしてぶつぶつと独り言を始めた。しかも、その声がだんだんとトーンダウンしてくる。
「カラシノ、頼みがある」
「う、あ、あ、はい!」
突然、真仁が話しかけてくる。
「今後どういう事になるのか、完全に予測は出来ないが何とか僕を見つけて……一般的で簡単なRPGゲームを一つ買ってきてくれ」
「え……え?」
「金はあとで払う」
そうきっちり言い切った後、真仁は目を閉じた。再び意識を失ったらしい。
「えっと……」
取り残された形になったカラシノは思わず周囲を見回した。
真仁が倒れた。真仁自身はその理由を察しているらしい。が、それを説明してくれる前に、再び意識を失った。あの後、保健室に来た医者から解熱剤と栄養剤の点滴を受けて、タクシーに乗って家に帰った――と校長に聞いた。
放課後になって、念のために真仁の家に電話をかけてみると、真仁は確かに家に帰っているとのこと。知らない男の人の声だった。一体誰だろう。
で、珍しく頼まれ事をした。一般的で簡単なRPGゲーム。この場合はボードゲームではなく、テレビゲームと考えるのが妥当だろう。“一般的なボードゲーム”なんか聞いたことがない。
それじゃあ、とカラシノは首を捻ってみる。
RPGの黎明期からあって今も続いているシリーズの第一作。この辺りが「一般的」で「簡単」ということになるだろう。
この前提で考えると二本に絞られ――あとは好みの問題になる。
「よし、トラリサにしよう」
トラリサは正式名称を「タイガー・リサーチ」といい、一作目が出たのがもう二十年以上前にもなる。元はフレンド・コンピューターという家庭用ゲーム機で発売されたゲームだが、その上位機種のスーパー・フレンドコンピューターでの復刻版があったはずだ。
そこで問題が生じた。カラシノは実は現金を持ってない。急に何か欲しくなったとしても、この街ならカラシノは何でもただで好きなものを持って帰れる。だが街のゲーム屋にまで話が通っているとはちょっと考えにくい。今までゲームを欲しがった記憶がないからだ。
有名どころの新作は、大体母から回ってくる。
これは困った、とカラシノは思いながらも逆にワクワクしてきている自分に気付いていた。よくよく考えてみると、純粋に自分を見込んで頼まれ事をされたことが、今までなかったのだ。
「よし、頑張ろう!」
校門を出たところで、拳を天に突き出して気合いを入れる。このまま駐車場に向かう案は却下だ。そういうゲームを売っている店がどこにあるかもわからないのに車だけ用意しても仕方がない。こういう状況下で、行くべきは……
「交番ね!」
そうと気付いたカラシノは、側を通る生徒を捕まえて近くの交番の場所を聞き出した。意外にもすぐ近くにあるらしい。歩いて五分の交番まで強烈な日差しの下を歩いてゆく。梅雨明け宣言は一週間も前で、いよいよ本格的な夏到来だ。
この季節に体調を崩すと辛いだろう。RPGゲームが薬になるとはとても思えないのだけれど、真仁はそれが必要だというのだ。カラシノは歩きながら首を捻る。
その視界に、交番が目に入ってきた。中にいるのは若い警官が一人。
「こんにちわ~~」
扉を開いて顔だけ中に突っ込むと、さすがにクーラーが効いていて涼しい。
「はい、なんでしょう」
若い警官が、顔だけこちらに向けて形通りに対応をしてくる。
「この辺りにゲーム屋さんはありますか?」
「ゲーム屋?」
「あ~~っと、新品じゃダメだなぁ。中古屋でお願い」
カラシノがそう言うと、若い警官はさらに不審そうな顔をしてみせる。その表情を見て、カラシノはさらに付け足した。
「あと、お金も貸して」
「何だと?」
今度こそ若い警官は立ち上がった。確かに交番では交通費に困った人などに金銭を貸し出すサービスはある。が、カラシノはすぐ近くの高校の制服を着ているわけだし、何より話の流れではゲーム代を借りようとしているようにしか思えない。
若い警官が色めき立つのも無理はない。が、カラシノは笑みを絶やさず、
「必ず返すから」
と火に油を注いだ。
「貴様~~~~!」
「どうした、騒々しいぞ」
さすがに騒ぎに気付いたのか、奥から中年の警官が顔を出す。そしてカラシノの顔を見た瞬間、直立不動になり敬礼する。
「か、カラシノ様! 失礼しました!」
「ま、真鍋さん?」
突然の同僚の裏切りに、若い警官は驚きに目を見張る。
「桂木、このバカ! 警察学校で教わっただろう『カラシノ一番、長官二番』と」
「え! このガキ……じゃなくて、このお方が!」
警察の財源とは何か。敢えて単純に言うと、それは地方税だ。ではその地方の財源のほとんどをある特定の団体なり個人が支払っていたらどうなるか。警察はその出資者に甘くならざるを得ない。その出資者の機嫌を損ねて、他の地域に引っ越されてしまうと、警察の機能が麻痺してしまうからだ。
ならばこそ、その出資者がやりすぎない限り、その出資者にサービスする。全体のことを考えると、それもまた一つの正義なのだ。
中年の警官はそれを良く理解していた。特にカラシノに関して言えば、へそを曲げられて日本から引き揚げられてしまうと、日本そのものが麻痺してしまう。
だからこそ警察の順位は「カラシノ一番、警察庁長官は二番」なのだ。
今、日本の命運はこの小さな交番の対応にかかっている。
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