第14話 第三章-5「これはデートなのかも知れない」
メジムラハーメイトンの主立った要求は、城の細かな改築と地形の変化だった。真仁は主に平時の生活空間として城を設計していたが、メジムラハーメイトンは戦城としての改造を要求してきたのである。
理由は兵士も多く亡命しており、彼らに職場を提供してやる必要がある、とのことだった。真仁は納得し戻ったら早速やると言ったところ、
「今やればいいじゃない。ここはあなたの頭の中なのよ」
とカラシノに言われて、真仁が試しに城壁の組み替えを“念じた”ところ、目の前の城が瞬く間に組み変わっていく。目の前で起こる、紛れもなく自分が原因の異様な光景に、思わず真仁は目眩を覚えた。
メジムラハーメイトンが次に要求してきたのは、流れる川が城を挟み込むように、つまり城を中州にするように流れを変えてくれないか、とのことだった。さすがにそれは無理だろうと思った真仁だったが、頭の中で想像しただけで目の前で地形が変わっていく。
「き、気持ちが悪い……」
真仁はとうとう口に出したが、いかんせん今の真仁は大理石の雪だるま。端から見ている分にはまったく変化が見られない。
「マジン君大丈夫?」
一応カラシノは声をかけるが、その声には深刻そうな響きは何もなかった。
「こんな思い通りになる世界、まったく肌に合わん。早く帰りたい」
「困った人だな……」
メジムラハーメイトンはそんな二人には構わずに、要求通りに変化した城と川の流れに満足して、うんうんと感慨深げにうなずきながら、
「やはりこういう要望は本人に直接見てもらわねばな。今はこれで満足しておくとしよう」
「……いや、まだだ」
真仁がそう言うと、城の城門に変化が現れる。今までは単純な両開きの城門が、跳ね上げ式の橋が設置されたものに入れ替わった。考えてみれば中州にしてしまった以上、この城には必ずこういった設備が必要だ。
「巻き上げるための鎖と、その巻き上げ装置を城内に設置した。今のところ手動だが、近くに川もあるし、やりようによっては水力を利用できるとも思う。が、今はそのための知識がない。必要なら後でカラシノに言ってくれ」
かなり労働したように思えるのだが、やはり今の真仁はただの雪だるま。しかも溶けることがない大理石である。どうにも労働の跡が見えにくい。
「……感謝する」
それでもメジムラハーメイトンは、真仁に感謝の言葉を述べた。会ってから初めて。
真仁とカラシノは並んで草原を歩いていた。すでに陽は傾き、周囲は夕闇に沈み込もうかという色合いである。真仁は一体どういう仕組みでこうなっているのか、カラシノに理屈を要求したが、
「そういう風に出来てるのよ。第一、夜が来なかったら何時寝るのよ?」
「結果からものを考えるな。そう言えば前に時間の流れが違うとか……」
「ああ、そうみたい。ここで一日過ごすと、大体眠ってる時間全部になるみたい」
「君の睡眠時間は?」
「七~八時間ってとこかな」
「約三倍か。植物の成長スピードはどうするか……そもそもだ、足ぐらい用意して貰えないものだろうか?」
「ごめん。話の流れが見えない。植物の話から、何で足の話になるのよ。いや、植物の成長までは考えなくてもいいと思うよ」
「足で草を踏めれば、そういう感触も再現できるかと思ってな。あと先天的に鼻がないんだが、匂いはどうなんだ?」
カラシノはそれを聞いて、呆れたような感心したような表情を浮かべ、
「熱心だねぇ。さっきもみんなのお願い熱心に聞いてあげてたし」
「――あれは後悔している。神がやたらに金を要求するわけが理解できた。何かで制限を加えないと、際限が無くなる」
「いや、あれはさ、際限なくしてたのはマジン君の方だったよ。もの凄いこだわりようだったもの」
カラシノがそう言うと、真仁は足を止め――られないが、とにかく停止した。止まらなかったカラシノはそのまま歩を進めて、真仁の前に回り込む。
「さっきは気分が悪くなったが、慣れてくるとやっぱり面白いんだ。それで少し凝りすぎたことは認める」
それはカラシノに答えるというよりも、独白に近かった。確かに真仁は家の建て直しから、家畜の病気まで面倒を見て、わずかだがこちらに逃げ延びてきていた子供達の遊び相手にもなった。
しかもその一つ一つがやたらに細かい。
普通に建て直せば済むところを、わざわざ二階建てにして中の調度品にまで手を加えた。
家畜の病気という不可思議な現象にはリセットをかけて、後々のための治療施設を設置した。新たに井戸を作りその水を飲めば、自動的にリセットがかかるようにしたのだ。井戸水の名前はもちろん“ルルド”。
子供達には、人数が揃わなくても楽しめる遊びをたくさん伝授した。その上屋内でも遊べるように、数え切れないほどのボードゲームを出現させた。そして、ルールを教えるために一通り子供達と遊ぶ。
今の真仁は掛け値無しの雪だるまで、その表情はいつも以上に窺い知ることは出来ない。しかしその仕草一つ一つが、とても楽しそうだった。
「……しかし世界が自由に出来ても、あまりしたいことが思いつかないな」
「そうかなぁ、随分好き勝手してるようにも思うけど」
言いながら、カラシノは木炭で雪だるまに落書きを追加してゆく。
「何をしている?」
「口を大きくしてるのよ。生身のあなたが喜んでいるときそうしているように」
「……君がこの世界に入れ込む理由な。一つ仮説を立ててみた。内容の一部に礼を失したものがある。それでも聞いてくれるか?」
いきなり切り出された真仁の提案に、カラシノは間を置くように一歩後ろに下がると、先を促すかのようにニコッと微笑んだ。真仁はそれを合図に話し始める。
「ここは僕の思い通りになる世界だ。だが、それは逆にここが君の思い通りにならない世界だとも言える。つまり君はそこが面白いのではないかな。例えばこの世界を変革しようと思えば、まず僕を説得してその気にさせる。資料を集める。だがそこまでしても思い通りの世界になっているかどうかの保証はない。つまり君は、ここで物事が成るという課程を初めて経験していて、それが無上に面白いものであることに気付いた。祭りとは、祭りそのものよりも、祭りの準備の方が面白いのは一つの真理で、しかもこのお祭りは何時が本番なのかはっきりしない。永遠に祭りの準備を続けられるわけだ」
真仁が言葉を重ねるごとに、上半身を反らしていったカラシノは危うくそのまま後ろに倒れ込みそうになったが、すんでの所で踏みとどまっていた。
「……いっぱい喋ったねぇ。で、どこが私に失礼なの?」
「君が何でも思い通りに出来ている、という前提で理論を組み上げたことだ。が、そう仮定しなければ推論が先に進まないのでな」
「思い通りに出来ていない、ってマジン君は思うんだね」
「これは別の推論からだ。ますます不謹慎な事を言うが、君は謎が多くて面白い。それを複合させてさらに推論を推し進めることも出来て、さらに面白い」
「あっはっは、それはもの凄く不謹慎だ。私をダシにして知的興奮を得ていたんだね。できれば、その推論も聞かせて欲しいんだけど」
「もう少し親しくなってからな」
「この前の仕返しだね」
そこで会話は途切れ、二人はしばらく並んで歩いく。特に目的地があるわけでもない、何となく森に向かって歩いていたが、このペースでは森に着く頃には陽が完全に落ちているだろう。もちろん、普通の森と違って夜になっても特に危険と言うこともないが、生理的に受け付けないものがある。
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