第13話 第三章-4「幻の王女との謁見」
そして二人は今、この場所にいる。真仁が建築法まで学んで組み上げた城のテラスに並んで立って、マジン界を見下ろしていた。
呼び出された瞬間に真仁が見たものは、足下に倒れ伏したロウエイカーサモ。いや根本的なことを言うなら、そもそも自分には足がなかった。真仁の今の身体は球体が二つ重ねられた彫像というのもおこがましい、大理石の塊だったのだから。
そして目の前に、ニヤニヤ笑いを浮かべる
「お、おいカラシノ。何をしている。そもそもなんだその格好は。慎みという言葉を知ってるか?」
「まったくうるさいなぁ。ちょっとじっとしててよ……よし、出来た! ……って、あっはっはっは! すごい似てる! 完璧!」
「おいカラシノ何をした?」
「コミュニケーション不足のマジン君のために、他の人のためにわかりやすいインターフェイスを作ってあげたのよ」
「……顔の落書きをしたな」
「すごい、マジン君。難解な言葉を話す人は、難解な言葉にも対応できるんだ」
と言っているカラシノの顔には笑みが浮かびっぱなしだった。真仁は本気でカラシノを殴ろうと心に決めたが、そのために必要な身体のパーツがこの身体には根こそぎ無い。
「まぁ、とにかくついてきてよ。まず君が作った世界を観に行こう。その後にジムや王女様に紹介するから」
そう言いながら振り返るカラシノの背中は、ほとんど裸同然だった。
「おいカラシノ! 人の頭の中でなんて格好をしている。ファンタジー世界でそん格好が許されるのは昭和までだ! ちょっと待て……」
結局、いつものごとくカラシノは真仁の言うことを一言も聞かず、二人は再び城の中に戻り、真仁はメジムラハーメイトンとの再会を果たすこととなる。
城の設計者で建築施工者でもある真仁の記憶によると、この場所は城の三階で謁見の間として使用されることを意識して作った空間だった。たしか調度品としてやたらに背もたれの高い椅子を奥の方に備え付けたはずだ。
そちらに目を遣ってみると、確かにその場所に椅子はあった。そして羊を生み出した成果であろう、最初に見た落ち武者のような出で立ちではない、ゆったりとした服を着たメジムラハーメイトンがその傍らに立っている。
「久しいな、マサヒト」
「……どうしてすぐに僕だと認識できるんだ。そもそも、この姿で歩いてきたことに疑問を抱かないことが、すでに疑問だ」
「我々は電気信号だと言っただろう。つまり移動とはすなわち、世界にそういう信号を送るということだ。足の有無は関係ない」
よりにもよってファンタジー世界の住人に、科学的な指摘を受けてしまった。真仁が屈辱を感じていると、
「控えなさい、メジムラハーメイトン。恩人に対して何という口の効き様ですか」
果てしなく上からの物言いで、メジムラハーメイトンを諫める声。一体誰だと、真仁が視線をさまよわせると、椅子の上に籠が乗せてあって、その中にいるのはいつかの赤ん坊のようだ。そしてその上にホログラフィのように浮かぶ少女の姿。
日頃見慣れたノイズ混じりの映像ではなく、おかしな言い方だがはっきりとした幻だった。少しウェーブのかかった輝かんばかりの栗毛の持ち主で、瞳の色は目の醒めるような青。
年齢で言えば十二、三と言ったところだろうが、すでに威圧感さえ感じる完成された美貌の持ち主だった。
「初めまして。私はワーゼルジュリミアヌキテアール。ル国の第三王女です。この度は窮状を救って頂きまして、お礼の申し上げようもございません」
その美少女が、まったく頭を下げないままで感謝の言葉を述べた。なるほど、王族とはこういうものか、と真仁はここが自分の頭の中にある異世界だと強く認識した。
「しかし、カラシノ様より伺った容姿そのままのお姿。メジムラハーメイトンがすぐにあなただと判断を下したのもまた的確であったのではないでしょうか?」
「………………おい、カラシノ」
数秒で描かれた落書きそっくりの顔だと言われれば、さすがの真仁も嫌な気分になる。
「いやいや、私は好きだよ。マジン君の顔」
笑みを浮かべたままのカラシノがフォローを入れるが真仁の表情は――いや、そもそも今は変わりようがなかった。そこにメジムラハーメイトンからさらにフォローが入る。
「良かったではないか、マサヒト」
「何がだ? バカにされて喜ぶ性質など持ち合わせてないぞ」
真仁がそう言い返すと、メジムラハーメイトンはどういうわけか、カラシノに視線を向けて、
「カラシノ殿。この反応は……もしかすると自覚しておらぬのか?」
「ね~、面白いでしょ。完全に世の中を斜めに見てるよね」
「おい、何の話なんだ?」
「メジムラハーメイトン」
ワーゼルジュリミアヌキテアール――王女殿下の声が静かに響く。
「これ以上何か言ったら、ただでは置きませんよ。この枯れススキ」
一瞬、真仁は単語の意味を理解できなかった。答えを求めるように、メジムラハーメイトンに目を遣って、その細い髭を見て思ったことは、
(向こうにもススキはあるんだな)
である。それからしばらくして、えらく口の悪いお姫様だな、と気付いた。
「殿下。かような言葉遣いは――」
「私は本当に感謝しているのです。安定した世界を提供してくださるマサヒト。その世界を住みやすいように手を加えてくださるカラシノ。そう、この世界はとても平穏です」
幻影の美少女は、そこで優雅に微笑んだ。だが、その時真仁は、何かの違和感を感じていた。もしこの会話が翻訳機を通して行われたものならば、機械が彼女の意図を正確に訳していないのではないか――そういう違和感だ。
「今日はお会いできてなによりでした。ロウエイカーサモに多大な負担をかけてしまうために、次に会える日が何時になるかはわかりませんが、それまでカラシノと協力して、よろしく私どもをお願いします」
そう言うと、王女は真仁の返事を待たずに消えてしまった。玉座に居るのは寝息を立てる赤ん坊だけ。
「殿下はお疲れのご様子。以降の用件はワシが伝える。いいなマサヒト」
どんなリアクションを取るべきか、真仁が逡巡している間にメジムラハーメイトンが声をかけてきた。真仁はうなずく代わりにこう返した。
「もちろんだ枯れススキ。このままでは何しに来たのかわからん」
「あっはっはっ、デートだって言ってるでしょ!」
カラシノの笑い声が、石造りの城の中で反響してやけに虚ろに響く。
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