第12話 第三章-3「夢の中へ行ってみたいと思いませんか?」
暦で言えば、ちょうど夏至の頃だ。時刻は午後五時近くだが周囲はまだ十分に明るく、山頂の真っ平らに均されたコンクリートは、わずかにオレンジがかっているだけだった。
日が長くなるにつれて日中の気温も上昇していたが、さすがに山の上でのこと。カラシノの家はまだまだ過ごしやすかった。そんなわけで今日もテーブルが用意されていたのは屋外。
もっともカラシノの家は現在改装中で、そういう事情も手伝っているのかも知れない。
今日の夕飯のメインは兎のシチューだった。ちなみに昨日は猪で、一昨日は鴨だった。
「文句を言える筋合いではないが、こうジビエが続くと滅入ってくるな」
「こうやって味を覚えれば覚えるほど、マジン界の森は豊かになっていくんだよ」
「不思議だ。今の台詞は、例えようもないほど無責任なのに、真理が含まれているように思える」
ジビエというのは、日本語に訳せば狩猟料理とでも言うべきだろうか。簡単に言うと、牛や豚ではなく野生動物を扱った料理の総称で、色んな意味でクセが強い。真仁の言うとおり、ずっと続けば確かに辟易もするだろう。
「カラシノはよく平気だな」
「なんで? 珍しい物食べられて面白いじゃない」
「君なら、とっくにこういうものは食べ飽きてると思ったが」
「食べ物にはあまり執着がなかったから」
その答えに真仁はなるほど心の中でうなずいた。実のところ真仁はカラシノが何かにこだわっているところを見たことがない。家にこだわらないのは知っていたが、家を建て替えると言うことは身の回りの品物にもこだわりがないということなのだ。
そういう物――美術品やブランド品――に興味はないのかと、尋ねてみると、
「いつでも手に入るものに興味はないわ。そういうものでしょう?」
と、返された。理屈だけ言えばその通りだろう。真仁は超富豪の理屈に改めて納得した。
そしてそれは、食事についても同様らしい。ただ真仁はここまでカラシノにこだわりがないのは、他に理由がある可能性に気付いていた。ただ、その理由が正しいとすると、今のカラシノの状況に矛盾が生じてしまう。
「とにかくいただきましょう。そういえば鉄の方は上手く行きそう?」
「鉄鉱石から用意しろと言われればさすがに困り果てるところだったが、銑鉄以降のいわゆる加工された鉄ということなら何とか出来そうだな。農具はともかく馬具や車軸にはやはり丈夫な物が必要だろうし、役立ててくれるといいのだが」
シチューの横に添えてあった、フランスパンを口元に運びながら真仁は表情を変えずに今日の成果を報告する。それを見てカラシノは思わず苦笑いを浮かべた。
「今さらこういう事言うのも何だけど、ちょっと細かく詰めすぎじゃない? 城は確かに細かく決めないと危なかったかも知れないけど、鉄みたいな原材料なら適当に数値化してマジン界に登場させれば、問題ないと思うけど」
「一理あるのは認める。が、これはもう僕の性分だと思ってくれ」
「細かく設定すればするほど、マジン君の脳への負担も増えるんじゃない?」
まさに図星という奴で、真仁は自分の行為がそのまま真綿で首を絞めているのと大差のないことだとは気付いていた。しかも今に至るまで、脱出装置を持った亡命者は現れてはいない。状況はまったく良くなってはいないのだ。
「君の友人の話だがな」
「あ~話を変えたいのね。はいはい。妙子がどうしたの?」
「この夕食の席に彼女も招いたらどうだろう? 食事しながらでも話せれば、何というか彼女の攻撃的な部分も和らいで有効な話し合いが出来るのではないか?」
真仁の提案に、カラシノは少しばかりの沈黙の後、いつもとは違う調子でこう返事をした。
「妙子は、ここには来たがらないよ」
カラシノはそう短く答えただけだったが、真仁は何となく事情を察し、
「では、どうする? 僕のために君と彼女の友情に問題が生じるようなら、それは憂慮すべき事態だぞ」
「もう少し普通に話さない? 意味はわかるけどさ。妙子の事はそんなに気にしなくてもいいよ。年がら年中怒ってるような奴だもの」
「しかしだな、事実君をかなりの長期にわたって拘束しているわけで、それはそれで面白くないのではないだろうか、彼女としては」
「あのねぇ、マジン君は私の彼氏って事になってるのよ。ずっと一緒にいても変じゃないの。彼女が君に怒っているとしたら……」
「ヒモだと言われたぞ。別に生活全般金銭的に世話になった覚えはないが、彼女から見るとそうなのだろう。そういう解釈なら君の友人として怒るのも無理はない」
「それも怒ってるとは思うけど、何というか妙子が怒ってるのはねぇ……」
そこでカラシノは、言葉を探すようにスプーンで宙に軌跡を描く。真仁はその隙にシチューを掻き込んだ。比較のしようもないが、なかなか美味だった。
「多分、ロマンが足らないせいよ」
「結局そこか」
「あのさ、デートしない?」
「何?」
真仁のスプーンが止まる。
「多分、まともに付き合っているように見えないのに、マジン君が私の家に来てご飯食べてばっかりだから気に入らないのよ」
「……さっきの話とどう違う?」
「要するにマジン君が私をたらし込んでいるように見えるのよ。だから――」
「デートというわけか。一応話は繋がるようだが……」
「マジン界に遊びに行かない?」
一瞬、真仁は何を言われたのかわからなかった。カラシノはそれこそ毎晩遊びに行っているらしい。魂を離脱させるという理屈には納得行かなかったが、毎晩カラシノが続き物の夢でも見ない限り、説明できない経験をしているのは理解できている。
ただ、そこに自分が遊びに行くというのはまったく以て理解できなかった。何しろそれは自分の頭の中へ向かうということだ。それだけを考えれば、夢を見ることと同義のように思えるが、頭の中のその部分はカラシノの管理下にあるという。
そして現実問題として、真仁は一度もマジン界の夢を見ていないのだ。
「……戯言だと切り捨ててしまいたいが、君のことだ。何かしらの方法を聞いているな?」
「神官の人を受け入れたじゃない。名前は……ええと」
「ロウエイカーサモ。名前はきちんと覚えろと何度言ったらわかるんだ?」
「そう、その人がね。神降ろしが出来るんだって。魔法の一種らしいけど」
言われた瞬間、真仁の脳内検索がスタート。過去に読んだ色々な本のページが高速で捲られていく。そして引っかかったのは――
「似ているのはソードワールド・ルールブック上級者向きで紹介されている10レベル神聖魔法の『コール・ゴッド』か。ルールでは呪文使用者は問答無用で死亡する事になっているが……」
「あっはっはっは。どれだけ読む本に節操がないのよ。あと、もの凄く大変らしいけど、死んじゃったりはしないみたい。そもそも、似ている呪文を探してどうするつもりよ」
確かに無駄な行為だったな、と真仁は自省する。思いも寄らぬ事態にいささか動揺しているなと、続けて自己分析。そのまま自己完結しそうな真仁に、さらにカラシノが説明を続けた。
「ジムも一度は来て欲しいって言ってた。あと王女様も」
「王女? そんな亡命者受け入れた覚えは……」
「最初に受け入れた赤ん坊だよ。ジムが抱いてた」
「は? その赤ん坊とどうやって意思の疎通をはかったんだ?」
「いやぁ、ファンタジー世界って凄いね。興味あるでしょ? だからデートしよう」
「デートでは決してないと思うが、そのお招きには応じるとしよう。何時にする?」
「今晩でいいよ」
なんとも性急な話だとも思ったが、時間を置く意味もあまりない。真仁はうなずくと同時に、こう告げた。
「それはそれでいいが、間宮さんにはフォローしておくんだぞ」
「マジン君、父さんみたいに口うるさいねぇ」
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