第9話 第二章-4「ファンタジーに挟まれる」
「これは推測の話になるが川原泉の『殿様は空のお城に住んでいる』に描かれた大名の生活に関係する話か? つまりかなり不自由な生活の話だが」
「私がその漫画を読んでるのを決めてかかってるわね。それにしても、節操が無いわよマジン君――その推測は当たりなんだけど」
言いながら、カラシノはアクセルを踏み込んだようだ。明らかにスピードが上がっている。が、真仁は止めようとはしない。
何故なら文句を言ったら最後、部下が切腹するからだ。
だからこそ、そんな理屈もわからずに我慢も効かないから浅野内匠頭はバカなのである。
これをカラシノの事情に当てはめてみれば、自ずから答えが出てくる。つまりカラシノが表現する小金持ちたちは、少なくとも金持ちではあるのでカラシノの経済力に関わりがある。
そういった小金持ちの師弟が集う学校にカラシノが通うとなると、ほんの些細なカラシノの反応で、周りの小金持ちが騒ぎ立てるのだろう。場合によっては切腹――つまり人死にが出るような場合もあるのかも知れない。
――真の王者は孤独。
色々な本に――主にフィクションだが――登場するこの言葉が、真仁の脳裏に蘇る。
「……じゃあ、君が自分で車を運転してるのもそのせいなのか?」
「それはまた別の事情。言っておくけど、こっちの説明はしないわよ。もう少しお付き合いを深めてからじゃないとね」
カラシノがそう告げた瞬間、軽自動車が坂を上り終えた。つまりは山の天辺にたどり着いたと言うことだが、真仁はそこで見慣れぬ風景を目の当たりにした。
そこには地平線があったのだ。
山の天辺を真っ平らに削って、さらにコンクリートで地均ししている。今立っている場所を、出来るだけ簡潔に描写するとそういうことになる。
どういう手間暇をかければ、こんな自然にガチで喧嘩を売っているような景観を作り出せるのか。真仁は敢えて考えないことにした。
「家はあっちだけど、ご飯はあっちに用意してあるから」
比喩表現でも何でもなく、車を適当な場所に乗り捨てたカラシノがあちらこちらと指差してみせる。
「ご飯だって?」
「練乳飲み込むより、マシなはずよ。サーバーのメンテナンスは利用者の義務ということで。遠慮はしないで良いから」
「もちろん、料理を作ってくれる人を雇ってるんだよな?」
「あ、そういう心配。雇ってる人はいない、っていうか家には私しか居ないのよね。ご飯自体は作れる人が作って、ここに運んでくれた物だから。作ってくれる人と運んでくれる人は別かも知れないけど」
そろそろ驚くのにも飽きてきた真仁は深く頷いた。
「よし、いただこう。とにかくいただこう」
納得がいかない部分は、全部頭の中の「カラシノ関係」のフォルダにしまい込んで、話を先に進めることにしたのだ。
「さんせ~い。私もおなかすいた」
カラシノはそう言うと、すったかと真っ平らなコンクリートの上を歩いてゆく。行く先には真っ白な丸テーブルと、背もたれが極端に高い白い椅子が二脚。
そしてテーブルの上には、塔のごとく積み上げられたハンバーガー。
拍子抜けしたと言うべきか、相応しいと言うべきか。
「簡単に食べられて、カロリーの高い物って言っておいたんだけど、これであってる?」
「うん、今度からは味も注文しておいてくれ」
言いながら、真仁は勝手に腰掛けてハンバーガーの上部を取って食べ始める。
「……遠慮しないんだね」
「する理由があるか。人の頭の中で勝手に遊び回っているクセに。君も言ったがサーバーの管理費ぐらいは払うのが筋だろう。君一人しかユーザーがいないんだぞ」
その真仁の言葉にカラシノは微笑を浮かべ、
「…………その食べ方はロマンがないなぁ」
「君がロマン溢れる食い方を実践してみろ。物理的に不可能だと思うがな」
カラシノはそれ以上何も言わず、もう一つの椅子に腰掛けると結局、真仁を見習ってハンバーガーを分解して食べ始めた。
「それに今日は、飯をおごってくれるだけじゃないんだろ。城を組ませるために、朝から僕を囲い込んでたんだ。そのための準備は?」
ハンバーガーの塔を半分ほど胃の中に収めたところで、真仁が水を向けた。
「うん、本物があった方が良いと思って大理石のブロックを用意してもらった。それはあっち」
言いながら指した方向は、真仁から見て左手の方角。車が乗り入れた場所から考えるとさらに奥の方ということになる。
素直にそちらに目を向けてみると、曇り空の光の下でも白く輝く真四角な石の塊。サイズは一辺が二メートルといったところだろうか。
だが、真仁の目を奪ったのはその大理石ではなかった。
「……アレはなんだ、カラシノ」
「アレって何? ああ、アレは今の私の家」
「家ってお前、あれは……」
いわゆる集合住宅。もしくはアパート。一階二階で三部屋ずつのさほどの大きさがないタイプ。立地条件にも因るだろうが家賃もさほど高くはないと推測できる。
単純な疑問といえば、どうしてアパートがここにあるのか? そこを流したとしても色々と問題がある。真仁は手近なところから問いただしていくことにした。
「どれに住んでるんだ?」
「一号室が三人家族が住んでる設定。二号室が裕福な大学生。三号室が無人で……」
「四号室が職業不明の男性、五号室が貧乏な大学生、六号室が接客業の女性の部屋だな」
「そ。ま、基本のラインナップよね。今は四号室を使ってるんだけど」
「真面目な話で、その部屋には興味があるな。が、それよりも問題なのは……」
「わかってるって。『今住んでいる家』ってところでしょ、引っかかっているところは。別に他に家があるって意味じゃないわよ、言っとくけど」
「では、この推測は当たりか……飽きると住んでいる家を建て替えてるんだな。恐らくこのアパートは、管理人だとか名乗り始めた頃に、勢いで建てたな」
「勢い以外で家を建てたことなんか無いよ」
真仁は思わず天を仰いだ。だんだん、鼻持ちならなくなってきた。これが金持ちを相手にしているということなんだな、と真仁は改めて実感した。
「呆れた?」
「いや、ものは考えようだ。貯金ばかりして金も使わない金持ちよりは、日本の景気に貢献しているとも考えられる」
「また、父さんと同じ事言ってる。父さんに場合は自分に言い訳しているみたいだったけど」
「――――ご両親は……仕事はしてないとして、どこにいらっしゃるんだ?」
訊こうか訊くまいか真仁は一瞬悩んだが、躊躇う理由も先延ばしにする理由も思いつかなかったので、結局尋ねることにした。
「父さんは仕事してるよ。財務管理だっけ。それぐらいはしないと。二人は今どこにいるんだったかな……地球のどっかよ多分。月ではなかったことは覚えてるから」
その時、真仁はヒューズが飛んだのを感じた。すでに頭の中に
「……今から城を建てる。一度で巧く行くとは思えないから、君が監修に行ってくれ」
せめて自分で決めたことは遣り切ることにしよう。
「ま~かせて。大丈夫、彼氏が建ててくれた初めての家を、簡単に飽きたりはしないから」
脳天気に親指を立ててみせるカラシノに、
「初めても何も三度も四度もあってたまるか」
という反論を、真仁は口にしなかった。
現実世界で三度も四度も家を建て替えるのが非日常的なら、自分の頭の中もまた十分に非日常的なことに思い至ったからだ。
自分で選んだことではないとはいえ、あまり反論できるような状況ではない。
ならば、と開き直った真仁は簡単に飽きられないような複雑で大きな城でも作ることにした。夢中になって読み続けたおかげで、築城のための理屈だけならすっかりと頭の中に入っている。
考えるだけで事が済む
――などと、現実を信用していない割に真仁は甘いことを考えていた。
日常と非日常に区分けしてもそれは、あくまで真仁の主観に因るもの。
どれほど不可思議なことが起ころうとも、自分が認めてしまえば、それはすべて“
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます