第4話 第一章-3「限りなく“告白”の近似値」

 だが、いくら顔がわかってもそこから先に進みようがない。真仁は似顔絵を描くというスキルは持ち合わせていなかったからだ。

 昭彦は、長い髪、しかもボサボサ、顔立ちは派手目という頼りない真仁の言葉をふむふむとわざわざ声に出してうなずき、すぐににんまりと笑みを浮かべた。


「いやあ、マサくん。マニアックな趣味だね」


 その言葉を聞いて、真仁は昭彦がどうやら答えを持っているらしいことを確信した。


「個人的な感想は僕の居ないところで叩いてくれ」

「別に叩いたりはしないよ。こっそりと言いふらすかも知れないけど」


 皮肉が通じない。昭彦の知識が欠落しているからだ。なるほど物を知らないと、恐れも感じないのかも知れないな、と真仁は考えながら聞くべき事を聞くことにした。


「で、誰だ?」

「1-5のカラシノだよ。下の名前はなんだったかな?」


 聞き出すべき事は聞いた。放課後ではすれ違う恐れがあるから昼休みにでも行ってみよう。


「で、マサくん。名前聞いてどうするんだ?」

「用がある。他に調べる理由はないと思うが」

「用ってなんだ? 告るのか」


 真仁は一瞬何を言われたのがわからなかった。が、客観的に見て自分が今から行おうとしている行為は、昭彦のように誤解を生じさせる恐れがあることに気付く。


 が、ここで回れ右をする選択肢はない。メジムラハーメイトンの言葉を信じるなら、その一党から解放されるためには、カラシノとやらの協力が不可欠だからだ。


 そして、自分が正気を失いつつあるのなら、カラシノという人物に説明をする課程で自分がどういう状態に陥っているのかが確定できる。これは別にカラシノ相手でなくても良いわけだが、どちらにしろ説明しなければならないなら、もちろん相手はカラシノ一人の方が良い。


 そうなると本当に告る――告白するときのように二人きりになる必要性がある事に真仁は気付いた。それならば、そういうノウハウを聞いておいた方が良いかもしれない。昭彦には、今のように何度もプリントを写させているので、これぐらいは答えてくれるだろう。


「――別に彼女に好意を抱いているわけではないが、周りから見るとそう取られても仕方がない行動を取ることになる。その誤解については今は対応のしようがないから諦めるとして、告白するまでの主要なプロセスを教えてくれ」

「プロセス?」

「そうだな……実際に告白するとなると、二人きりの方が好ましいわけだろ? 恐らくは」

「う……うん、そうだな。そうなるな」


 真仁の難しい物言いに、昭彦の表情もだんだん難しくなってくる。


「その二人きりになるまでの代表的な手順、これがプロセスだな、それを教えてくれ。知らなければ、それはそれで良い」


 真仁は親切のつもりで後半を付け足したのだが、昭彦には挑発にしか聞こえなかったらしい。少しばかり厳しい表情で身を乗り出してくる。


「いや、待てよ。まずは1-5に行ってだな、カラシノを呼んでくれるように頼むんだ。この時に多分騒がれる。だけどそこでビクついちゃだめだ。何しろ、これから告白しようって男が……告白じゃないんだっけ?」


 さすがに真仁の様子を見て、そういった類の話ではないぐらいのことは昭彦も気付いたらしい。


「構わない。そう誤解されることは覚悟している」

「あ、そう。で、会うのも嫌だっていわれたらそこで引き返すしかねぇけど、そこは上手くいったとしよう。で、『大事な話があるから、どこそこに来て欲しい』と切り出すわけだ」


「待ってくれ。少し問題があるぞ。通常なら『好きだ』と言って終わりだろうが、僕の場合は説明を要するんだ。出来れば相手も僕も落ち着ける場所が良い」

「それなら、鉄板で喫茶店に行くしかねぇな。よし、いいとこ教えてやるよ。女は雰囲気のあるところ弱いからな。店の名前は――思い出せないな。後で地図書いてやる」


「新たな問題が発生したぞ。礼儀上、僕が出さねばならんだろうが手持ちの金がなさ過ぎる。作戦は明日以降にするから、店名を思い出して――」


 真仁がそこまで言いかけたとき、昭彦は無言でポケットから財布を取り出して五百円玉を机の上に置いた。


「やりはしねぇが、貸してやる」

「いや、そこまでしてもらう義理は……」

「あるだろ、これ」


 そう言いながら昭彦は、机の上のプリントを指差した。


「さんざん世話になってるから、近い内に礼はしなくちゃイケねぇとは思ってたんだ。ジュースとか昼飯とか」


 真仁は昭彦の顔をまじまじと見た。なぜならこれで真仁の考える友人の定義「相互扶助が行える者同士の、明文化されていない同盟関係」が成立したのであるから。


「ありがとう」

「いやいや、良いって事よ」


 高校での真仁の最初の友人は、屈託のない笑顔を見せた。





 昼休みになり、通常なら購買部にパンを買いに行く日常を脱ぎ捨てて、真仁は1-5へ向かった。ヒラヒラと手を振る昭彦に送り出されながらの出陣だ。


 ちなみに真仁のクラスは1-1。同じ階での移動とはいえ、結構な距離がある。特に昼休みの間、人がごった返す廊下を進むとなるとなかなか面倒だ。真仁は出来るだけ最短ルートを選別して1-5に向かう。出来れば早い内に購買部に向かいたい。


 1-5にたどり着く。廊下側の窓からザッと教室内を見回してみると、目指す相手はすぐに見つかった。長いボサボサ髪の女子、という存在は実に目立つのだ。


 カラシノはグラウンドに面した方の窓際の席に座っていた。どうやら外を見ているらしい。こちらからは後ろ姿しか窺えない。その傍らにはショートボブのやっぱり女生徒。二人の間にある机の上には、弁当箱とカロリーメイト。カロリーメイトの方がカラシノである。


 真仁は教室内で昼食を摂っていた男子に声をかけて、カラシノを呼んでもらう事にした。


 声をかけた相手は、ぐるっと頭を巡らせると「カラシノ」と声を上げた。その声で振り返る窓際の女子二人。真仁が軽く会釈すると、怪訝そうな表情を浮かべながらも二人揃って扉にまでやって来た。


 女子特有の行動だな、と真仁はその現象を受け止めて、まず自己紹介をした。が、向こうからそれが返ってくる気配がない。仕方がないので本題を切り出すことにした。


「実は話がある。こんな場所で話す内容でないことは確かだ。放課後、出来れば二人きりで話がしたい。君にとって重要な話になるかどうかは、その話をどう受け止めるかによるので、残念ながら今はなんとも言えない」


 出来るだけ現状を正確に伝えたつもりだ。反応はどうだろうと見てみると、カラシノの方は自分を指差して、傍らの友人――なのだろう――の方を見てにへら、と笑っている。ところが、友人の方はどういうわけか怒りの表情を浮かべていた。


「ちょっと、あんた!」


 あまつさえ、口を挟んできた。


「一応、近場の喫茶店を会合の場所に考えている。もちろん、そこの代金はこちらで出させてもらうつもりだ」


 どうも何かをしくじったらしいが、とにかく用意していた口上を全部言ってしまおうと、真仁は残りをやや早口にして言い切った。すると怒りかけていた友人が動きを止めた。


 今度も何が原因かわからない。が、何か感情を刺激するような言葉を言ってしまったらしいことはわかる。他にも何か言い忘れている可能性は……

 真仁は自分の発言を頭の中で繰り返し、思い当たることを見つけた。


「そうか。君の都合を聞かずに一方的に計画を押しつけてしまった。それが君の友達を怒らせたんだな。確かに急な話だった。急ぐ話でもない――いや、出来れば急いで欲しいから明日にでも時間を作って欲しい」


 今度は大丈夫だろうと、真仁は再び相手の反応を見る。するとカラシノと友人は顔を見合わせて、なぜか曖昧な笑みを浮かべあっていた。

 それからしばらく後、カラシノが初めて真仁の顔をまっすぐに見て、


「大丈夫、今日予定はないよ。おごってもらうなんて初めてだなぁ。放課後に校門でどうかな?」


 と、切り出してきた。そのカラシノの声に真仁は見かけよりは高めだという印象を受ける。耳に馴染み易い声質だとも。


 が、今重要なのは声ではなく、その声で告げられた内容だった。そして真仁としても提案された計画にまったく異存はなく、力強くうなずくことになる。


「急な話に応じてくれて助かる。では、放課後に」


 とりあえず第一関門クリアだ。後は午後の授業全部を使って、説明の仕方をシミュレートすることにしよう。なんならルーズリーフに絵を描いて図解をするところまで考えなければならない。


 ――これで全部妄想だったら、確実に自分で自分の首を絞めることになるのだが。

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