第3話 第一章-2「管理人は誰だ?」
その一瞬、真仁の動きが止まったのは、どこから突っ込んだらいいものか迷ったからだ。だが、喋ることをやめた事で、さらに悪い結果をもたらすことになった。
ラジカセが、
曰く、古い歴史を持つル国という国があり自分はそこの宮廷魔術師だ。
曰く、そのル国が成り上がりのベットーレ帝国に侵略されてしまい、自分たちは秘術を用いて脱出した。
そこまで聞いて、なるほど新しい国は名前が長い、と理屈が通っていることを真仁は確認する。さらにメジムラハーメイトンの話は続き――
曰く、その秘術とは魂を肉体から離脱させて異世界に逃げること。
曰く、その魂という情報集合体は異世界――つまり、こちらの世界――に着いたときに、その世界が受け止められるように、わかりやすく書き換えられる。
「それが電気だと言うのか?」
『そういう風にワシは学んでおる。そして“電気”にとって安泰の場所とは人の頭の中だ』
「その結論にはまったく納得いかない」
『かもしれんな。だが、折り悪くこちらの世界では雨が降っていた。
なるほど忌々しいことに、相手は電気だった。それならば人の頭の中が一番かも知れない。脳には使われていない部分がたくさんあるというし、それに魔術などという別系統の理論が加われば、そういうこともあるかも知れない。
真仁はこの状況に妥協することした。
解決法としては以前に本で読んだ量子コンピューターを思い出す。あれならば人の脳以上の働きも出来るかも知れない。だが、もちろんそんなものがこの近場にゴロゴロしているはずもない。
真仁はため息を一つ。今のところ身体に異常もないし、かなり風変わりな人助けをしたとでも思うことにしよう。
「……で、何時出て行ってくれるんだ?」
『無論、その手段は講じている。だがそのための道具がまだ届いていない』
「なんだって?」
『亡命者は殿下とワシだけではない。他にもたくさんおる。そのウチの一人に道具を預けたのだが、まだ来ておらぬようだな』
「――おい」
そろそろ自分の正気を疑った方が良いかもしれない。真仁はそう感じ始めていた。自分が自覚もないままに妄想にとりつかれている可能性を考えなかったわけではない。が、それにしては破天荒ながらも理屈は通っていたし、夢なら覚めればそれで終わりだ。
が、いよいよ状況が抜き差しならなくなってきた。いつまでたっても覚めない上に厄介事だけは雪だるま式に膨らんでいく。
「まず聞きたい。道具に魂があるのか?」
『ある』
まず最初の突っ込みどころをかわされた。
「その亡命者連中が僕のところに確実にやってくる保証は……」
『そこに手抜かりはない。亡命の儀式の前に殿下の居場所がわかるような道具を各自に持たせてある。必ずお主の元へとやってくる。来ればワシがわかる』
「何人いるんだ?」
『亡国の折に、そんなもの数えている余裕があると思うか?』
なるほど人を殴りたいという衝動は確かにあるものだな、と真仁は自分の感情を一つ発見した。だが、それを実行に移すことは不可能だった。相手の言葉を信じれば自分の頭を殴ることになるし、殴ったところで相手にダメージが行く保証がない。
「つまり、今のところどうしようもないんだな。出て行くことも何もかも」
『その通りだ』
「では、これ以上僕に構わないで勝手に生活しておいてくれ。出会った日から三日たっているが、その間僕の生活に支障はなかった。そちらも生きている――のかどうかはわからないが、無事に過ごせているのならそれで問題ないだろう」
『いや、問題はある。だからこうしてお主に連絡を取ったのだ』
「…………言ってみろ」
『殿下とワシが使える脳が恐ろしく狭いんじゃ。これはお主が脳の管理を他人に委ねておるからだ。この人物にお主の脳を使う許可をもらってくれ』
いよいよ末期症状だ。
「何を言っているのかわからんが、使える部分があるだけでも感謝してくれ。なぜ巻き込まれただけの僕がそこまで協力してやらないといけない?」
『その管理者の協力がないと、魔術師ではない他の亡命者はここに来ることが出来ない。つまりいつまでたってもお主の頭の中から出ていくことが出来ない』
これは脅迫ではないだろうか。
そうなると自分は今、妄想に脅迫されていることになる。そう思うと真仁は少しだけおかしくなった。
――いかん、ここで笑うと本格的にアレな人になってしまう。
「……管理者が誰かはわかるのか?」
『名前はわからん。お主がその情報を持っていないようじゃ。ただ姿はわかる。それは――』
翌日の三時間目、時間割では現国の授業だったが担当教師が急の病気とやらで自習になった。もちろん、そのまま生徒達を無罪放免する学校はない。配られたプリント二枚というのが、課せられたノルマだった。
教室の中央、窓際の席に座る真仁は、プリントが配られた十分後には全ての空欄を埋めていた。別に現国が得意なわけではなく、どの問題も真仁にとっては読書によって得た知識を越えた物ではなかったからだ。
「よ、マサくん。いつものごとくよろしく」
とやって来たのは、同じクラスの
真仁は無言でプリントを逆さまにして昭彦へと向ける。別に不満はなかった、というよりも関心がなかった。ただ、昭彦の知識の無さを少し尊敬していたという理由はある。
真仁は、知識がない=バカという理屈をまったくもって認めていなかったが、知識はないよりはあった方が良いと考えている。その点、昭彦は驚くほどに物を知らなかった。自分がもし昭彦のような状態だったら、と思うだけで真仁は寒気がする。
これほどの知識が欠損した状態では、自分なら恐らく町を歩くことも怖くて仕方が無くなるだろう。だが、昭彦は平気な顔をしていた。きっと大した胆力の持ち主なのだ。
それとも、自分の思いも寄らない知識を抱えているのか――
目の前で必死にシャーペンを動かす昭彦を見ながら、そこまで考えが及んだとき、真仁はあることを思いついた。
「……武藤、少し尋ねたいのだが君はこの学校の女性について詳しいか?」
昭彦の手が止まった。そして宝箱の中を覗くような面持ちでゆっくりと顔を上げてくる。そして、ぐるりと周りを見渡すと、
「それって先生も含めてってことか?」
「……いや、生徒だけでいい」
「ま、どっちでもいいや。多分詳しいとは思うよ。マサくんよりは」
「それは、僕が外見上の特徴を言っただけでわかるぐらいか?」
「……よくわかんねぇな。とにかく言ってみな」
そこで真仁は昨日メジムラハーメイトンから聞かされた特徴を言ってみた。実を言うとその段階で真仁の脳裏には具体的な相手の顔が浮かんでいたのだ。だからこそ西狭山の生徒だということも断言できた。
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