第25話「雨降って」


「……ふぅ、みんなだいぶ点数を取れるようになってきたね。」



僕の用意した模擬テストの採点を終えて、僕がそう評価すると、みんなが安堵したように息を吐きだして脱力した。


まだ苦手科目に不安が残るメンバーはいるけれど、このまま行けばとりあえず赤点の回避は問題なさそうだ。



「いやぁ、今回はヤバイかと思ったけど何とかなりそうだよぉ〜。本当に、深月くんのおかげだね!」


「そんなの……、僕は手伝いをしただけで、頑張ったのはみんなだよ。」



園田さんにストレートな褒め言葉に、僕は照れ笑いを浮かべる。



「土曜まで付き合ってくれてるんだ。今度なんか奢るぞ?」


「いいって。普段からもう少し、勉強してくれるなら。」


「いや、それは……。」



僕の返しにしどろもどろになった律人に、みんなで笑った。




今日は土曜日。

由里ちゃんと陽葵さんが抜けて教える人が減ったのは痛かったけれど、園田さんや住吉くんがそれをカバーしてくれて、なんとか今日まで順調に勉強を進められている。



その間、由里ちゃんと顔を合わせていないしメッセージのやり取りも止まったままだが……。



『……由里よりこいつらを取るのね。』



陽葵さんのあの言葉が、まだ僕の中に鮮明に残っている。

そして陽葵さんに連れて行かれながら、後ろ髪を引かれるように泣きそうな顔で僕を振り返った由里ちゃん……。



僕はその顔を、ずっと忘れる事ができないだろう。



「なぁ、深月っ……、深月!」


「え?あぁ、ごめん。ボーッとしてた。」



一瞬だけ律人が何かを察して悔しそうに表情を歪めた。



いけない。芙実にもこの間心配されたばっかりなのに……。



僕は自分の失敗を悟ったけれど、律人はそれについては触れずに、すぐに表情を戻して聞いてくる。



「休憩にするか?」


「……うん、そうだね。その後、間違った人が多かった問題をみんなでして、あとは個別に教えるよ。……それじゃ、飲み物持って来るね。」


「あっ!私、手伝う。」


「ありがとう、洲崎さん。」



今は僕の家に集まっているので、買ってきてくれた飲み物を取りに行くために立ち上がる。

すかさず、洲崎さんも立ち上がったので2人でキッチンへと向かった。



「洲崎さん、かなり点数良くなってきたね。」


「え?……うん、そうだね。なんだか今は解けるようになるのが楽しいの。」



洲崎さんの正解率は、他の人と比べてもグングン伸びている。

毎日、小テストをしているけれど、律人や御影くんになら勝つ時もあるほどだ。


今日やった模擬テストでも、御影くんよりもトータルでは勝っていた。

それは、勉強に向かう姿勢の違いが出ているのかも知れない。



「私、武庫くんに教わって本当によかった。」


「まだ、それは早いんじゃない?」



気の早いお礼に、そうツッコミを入れると『そ、そうだね。』と洲崎さんは恥ずかしそうに笑った。

僕もつられて笑いかけて、……上手く笑えなかった。



つい先週、由里ちゃんとここで料理をした事を思い出してしまったから……。



「武庫くん……?」


「……ううん、何でもないよ。行こうか。」



「待って!」



今度はちゃんと洲崎さんに笑みを向けて、コップと飲み物を乗せたお盆を持ち上げる。


それがはぐらかそうとしているように見えたのか、洲崎さんは僕の服の袖を摘んで止めた。



「……久寿川さんとは、あれから話した?」


「……。」



僕はなんて答えたらいいのか分からず、曖昧な笑みのまま俯いた。



「やっぱり、話せてないんだね…?」



再び確認するように洲崎さんが聞いてくるが、その答えはもう察しているのだろう。



「私でよかったら、力に……。」



「それなら私、カラオケで打ち上げしたーい!」



洲崎さんの声を遮るように、園田さんの声がリビングから響いてきた。

僕は内心、それにホッとしつつ言った。



「大丈夫だよ、ありがとう。ほらっ、戻ろう。」


「……うん。」


僕がみんなの方を指差すと、納得いってなさそうに洲崎さんは頷いた。








「ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼にしようか。」


「はぁっ、疲れたぜ。」



個別に間違えた問題を教えていき、最後に御影くんの見直しを終えると、もうお昼を過ぎて13時が近づいていた。



「武庫、お湯あるか?」


「さっき沸かしたよ。ポットに入ってる。」


「レンジ使っていい?」


「うん、キッチンにあるから使って。」



それぞれがお弁当やカップ麺を取り出して、昼食の準備をはじめる。


そんな中、園田さんがまた打ち上げの話を始めた。



「ねぇー、テスト終わったらみんなでカラオケ行こうよー。」


「夏代ってば、そればっかり。」


そんな園田さんを見て、洲崎さんが苦笑する。



「えぇー、いいじゃん。勉強のストレスをみんなで歌って吹っ飛ばそうよ!」


「まぁ、武庫以外は行ったことあるし、いいんじゃね?」


「やったー!決まりだね!」



それに住吉くんが同意して、園田さんの中ではすでに決定したみたいだったが、それを律人が止める。



「待て待て。深月はそういうの苦手じゃないか?」


「え、僕?」



律人に話を振られて、園田さんのお願いの矛先が僕へと向いた。



「深月くん!カラオケ、行きたいよね?」


「えっと、僕は……。」



僕は確かに歌もあまり知らないし、カラオケは得意ではないけれど、聞くのに徹するのは別に苦じゃない。


そう思っていたけれど、僕はその時、由里ちゃんは苦手なんじゃないかと考えて返事を躊躇ってしまった。




「夏代、無理言っちゃダメよ。今回の打ち上げなら、武庫くんがいないと成立しないし。」


「うーん、そっかぁ……。じゃあカラオケは梢恵と行こうっと!」



そんな僕を見て、勘違いしたのか洲崎さんがフォローを入れてくれる。

園田さんも、ちょっと残念そうにしながらも気を使ってくれた。



「私が行くのは決定なんだ…。テスト明けなら大丈夫だけど。」


「決まりー!一緒にあれ踊ろうね。」


「えぇ?難しいし、カラオケは歌うところだから……。」


「そんなのノリでなんとでもなる!」



それから歌手の名前を挙げながら、盛り上がる2人。

由里ちゃんと陽葵さんとはまた違う、2人の仲の良さが眩しく見えた。





「…若者を見つめる、ジジィみたいな顔してっぞ。」


「例えがヒドすぎない?」



律人はカップ麺の蓋をあけながら、そう言う。

男連中はみんなカップ麺なので、流石に4人分のお湯を一気に沸かすことは出来ず、僕はお湯待ちだった。



「先、もらうぞ。」


「どうぞ。」



軽く律人が断りを入れたので、なんともなしにそれに答える。

しばらく隣で律人が麺をすすると、顔を上げてみんなの方を向きながら言った。



「……悪かったな。」



みんなが、こっちを気にしていないタイミングを狙ったのだろう。

平静を装っている様子で、視線をこっちに向けない。



「…律人の言葉には、主語がないことが多いね。」


「茶化すなよ、わかるだろ。」



僕の返答に、律人は少しムッとした感じで語気を強めた。



「感謝なら受け取るよ。…でも、謝罪はいらない。」


「巻き込んだのは、俺だろ。」



僕は本心から、『そんなことないよ。』と伝えた。


「律人に頼まれて、僕が選んだんだ。僕が悪いか、よくて同罪だよ。」


「……犯罪は考えた奴と、実行する奴どっちが悪い?」


「その例えなら、どっちも悪いって。」


「実行した奴が、弱味を握られててもか?」



僕は躊躇わず、答えた。



「そうだよ。」


「……チッ。」



律人が『分からず屋め。』と、意味を込めて小さく舌打ちしたのがわかった。

そして麺をすする、律人。



「……遅かれ早かれって、やつだよ。」


「……何がだ?」



『わかるでしょ。』と僕はやり返した。

けれど本当にわからないように律人が頭を捻っていたので、僕は仕方なく言葉にする。



「由里ちゃんと一緒にいるなら、いつかはこういう問題は起こってたと思う。」


「…上手くやってるように見えたけどな。」


「ううん、どこかで我慢させてたんだと思うよ。」



僕は律人の言葉に、乾いた笑みを浮かべた。


「僕は、それに気付かなかった。…だけど、今由里ちゃんと話したら、またお願いしないといけない。」



『我慢して、手伝ってと…』とまでは言葉にしなかった。



「それで…、離れていいのか?」


「よくないね。」


「だったら……。」


「でも、ダメだ。」



僕は律人の言葉を待たずに、答えた。



「僕は色んなことを同時にできるほど、器用じゃない。……僕がみんなの勉強を優先したい以上、由里ちゃんの負担になるこのタイミングで話はできないよ。」



横顔でも、律人が物凄く嫌そうに顔を顰(しか)めたのがわかった。



「愛想…、尽かされるんじゃね?」



律人が僕を、挑発しているように感じた。

けれど、その手には乗らない。



「その時は、……すごく悲しいだろうけど、仕方ないさ。」



律人がカップ麺から顔を上げて、僕を睨んだ。



「本当に、いいのかよ?」



ピーっと、お湯が沸けた音がしたので、僕は自分のカップ麺を持って立ち上がった。



「……僕は、彼女が思っていた人間じゃなかった。それだけだよ。」


「……チッ!」



離れる僕に、今度は大きな舌打ちで答える律人。

それは他のみんなにも聞こえていたらしく、ギョッとした様子でこっちに注目が集まる。


しかし、僕も律人も何も言わず、何事もなかったようにそれぞれ行動を再開した。







「はぁっ……。」



キッチンでお湯を注いでも元の席に戻る気になれず、みんなから隠れるように項垂れる。



…律人の言う通りだ。由里ちゃんにとって甘えられる存在でなくなった僕に、どれほどの価値があるだろう。

もうとっくに、愛想など尽き果てているのではないか。



「ダメだなぁ……。」



自分は由里ちゃんの、理想の人間ではないかも知れない。

僕が彼女にそう言っていたのに、いざ本当にそうかも知れないと思うと、とても苦しい。



(由里ちゃんにとって、僕は……。)




『必要ない存在なのかも…。』


そう考えかけた時、リビングでスマホの着信音が響いた。



「私じゃないよー、誰の?」


みんなが自分でのスマホを見て、違うことを確認していく。



僕も自分のスマホを確認しに、さっきいた律人の隣に見に行くと、律人が僕のスマホを差し出した。



「電話、お前だぜ。」


「……ありがとう。」



さっきまでの不機嫌さが見る影もなく、律人がニヤリと笑う。

僕はその顔を怪訝(けげん)に思いながら、スマホを受け取って、発信者を確認した。




「……っ!」



『久寿川 由里』



その名前を見て、僕は自分の表情が緊張で強張ったのがわかった。

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