第23話「音楽教師」
深月が友達の勉強を見ていること、私がそれに参加し、陽葵も来ることになったこと、そして陽葵がその中の1人と仲が悪く、揉めた2人を止める為の私へのお願いを断ったせいで深月を怒らせたこと……。
ここ数日からさっきの出来事を、順番に先生に話した。
最初は苦手だと印象を持った先生だが、話してみると真剣に聞いてくれているのがわかり、意外と話しやすかった。
「……なるほどなぁ。」
一通り話を聞き終えると、先生が腕を組んでそう呟いた。
「……深月の気持ち、わかりますか?」
そう聞くと、先生は顔を上げて私を見た。
その眼差しは、少し怒っているようにも見えて、私はたじろぐ。
「久寿川は、わからないか?」
先生が確認するようにそう聞いてきた。
「……はい。」
私がそう絞り出して答えると、先生は残念そうに微笑んだ。
「……まぁ、久寿川はこれから知っていけばいいか。」
言われてる意味がわからず、首を傾げる。
しかし、先生は気にしなくていいという感じで取り消すように手を振った。
「まず、あいつはお人好しだ。基本的に他人に頼られて損するタイプだが、その分周りに人を惹きつける。」
「……友達は少ないようですけど。」
陽葵が、先生に反論するように言ったが、先生は首を振る。
「まだ高校に入って2ヶ月程度だろ?これからあいつの性格を知ってる奴が増えれば、自然に増えていくさ。」
確かに、深月は人当たりもいいし、もっと沢山の友人に囲まれていても不思議ではない。
「だからこそ、早めに深月に目をつけた久寿川は、お目が高いと思うぞ。」
そう言って先生は笑うが、今は全然嬉しくない。
私は先を促すように、聞いた。
「……それで?」
「ん?あぁ、要はあいつも色々とキャパオーバーだったんだろって事だよ。『みんなは頑張ってる。けど勉強は順調ではない。仲が悪い2人もなんとかしてやりたい。』ってな。そんな中、あいつが頼ったのが……、久寿川だ。」
「……!」
深月に頼られていた…。
意外なその言葉に、胸がギュッと苦しくなった。
「ちょ、ちょっと先生!深月くんは私が由里と離れたがらないから仕方なく……!」
「本当に、それだけか?」
陽葵の言葉を遮って、先生が続けた。
あくまでも、私に向けて……。
「深月はな、人を頼るのが苦手なんだよ。だから、久寿川が手を貸してくれるって言ってやった時、喜んだんじゃないか?」
「……。」
覚えのある私は、先生に答えられない。
さらに先生は続ける。
「ま、それはあいつにとっても無意識だろうがな。ただ久寿川が一緒に教えてくれる事で、心が軽くなったんだとは思う。塚口が参加して空気が悪くなった後、すぐに塚口を排除する方に考えなかったのも、久寿川が居たからだろ。」
先生の言葉が、私に突き刺さる。
「だからこそ、深月は勝手に久寿川ならわかってくれると思ってた。……それを裏切られた気になって、そういう反応になったんじゃないか?」
先生が話を終えて、長く息を吐き出す。
先生が言った、深月の気持ち。
それはすごく的を得ているように思った。
「……ひっ、うぅ。」
「由里!?」
深月の気持ちを考えると、自然と涙が流れた。
1人で抱え込んでいた深月、傍に居たのにそれに気付いてあげられず、私は自分の事ばかりで、情けなくて、悔しくて……。
さらに彼は普段から、芙実ちゃんや家の事までやらないといけない。
それを知っていながら、深月の重荷になっていた自分が恥ずかしい。
色んな感情が抑えきれずに、嗚咽と共に溢れ出す。
「……ひ、まり、…ごめ、ごめん。」
「いいの!私が悪いんだから、ね?きっと大丈夫だから!」
私の背中をさすりながら、『大丈夫!』と繰り返す陽葵。
先生はその様子を、優しく微笑みながら見ていた。
「まぁ、なんだ。…悪かったな、キツいこと言って。」
長い時間をかけて落ち着いた私に向かって、先生は決まりが悪そうに頭を掻きながら言った。
「……いえ、ありがとうございました。」
私は頭を下げて、先生に心からお礼を言った。
「あいつも、そんな簡単に人を嫌ったりできるやつじゃない。あんまり気にするなよ。」
「……はい。」
慰めの言葉は耳を通り抜けていって、形だけの返事をした。
「じゃあな、暗くなる前に帰れよ。」
「はい、さようなら。」
「……さよなら。」
「おう。」
夕焼けに染まる教室を、先生が出て行った。
「…私達も、帰りましょ。」
「……うん。」
しばらく立ち尽くした後、陽葵がそう言ったのでなんとか私も頷いた。
色んな事が頭を巡り、あれからどうやって帰ったのかは記憶に残ってない。
祖父母に心配をかけてしまったが、今はそっちに頭が回らない。
考えるのは、深月のこと……。
深月は、私がみんなに勉強を教えることを伝えた時、すごく喜んでいた。
ただ、その時は2人で勉強する事も考えていたので、まだ余裕があったのかも知れない。
けれど、その後はみんなの勉強の事や陽葵の事で頭がいっぱいになっていたのではないか。
私は、それを理解してあげられなかった。
今日、深月は陽葵の事を伊丹律人ではなく、私に聞きに来た。
その時に、私はなんでもっと協力的な態度を取ることが出来なかった?
……私は、その理由をはっきり自覚している。
深月が、私以外の人の事を考えているのが面白くなかったのだ。
自分の事しか考えずに、深月が自分だけを見てくれない事に、嫉妬していた。
本当に、情けない……。
ちょっと考えれば見えてくる、色々な事。
例えば深月から聞いた感じだと、洲崎という女子生徒は、深月が悩んでいる事に気付いたのだろう。
伊丹律人もそうだ。
何とか、深月の悩みの一つを解決しようとした。
結果はそれが悪い方にいってしまったけれど、深月の力になろうとしたのは私ではなく彼等の方だ。
「……うぅっ、ひっく。」
そんな事を考えていると、また私は泣いてしまう。
悔しい……。
それと、同時に考えてしまう。
——私は、深月の傍にいてもいいのだろうか。
深月は優しい。
きっと先生が言っていた予想は正しく、彼の周りにはすぐに人が集るようになる。
友達が少ない今の方が、不自然なのだ。
そうなった時、私は深月の隣に立つ資格があるのか……。
「……深月、ごめんね。」
今になってやっと、私は彼のことを何にも考えていなかった事に気付かされた。
メッセージを送る勇気も気力もなく、私の謝罪は1人ぼっちの部屋の中で、誰の耳にも届かず消える。
そうして、しばらく私は深月と会うことも話すこともなく、週末を迎えることになる。
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