第19話「対策」



「うーん……。」


僕は洲崎さんにノートを見せてもらって、パラパラとページをめくっていく。

その様子を洲崎さんだけでなく、他の皆も緊張した様子で見ていた。



やがて、僕はパタンとノートを閉じて、洲崎さんに聞いた。



「……なんとなくでもいいから、自分で原因はなんだと思う?」


「……うぅ。」



なるべく優しく聞いたつもりだが、洲崎さんは苦々しい顔をした。

あれ?そこまで答えにくいことを聞いたつもりじゃなかったんだけど……。




「……私が、鈍いから。」


「え?」



やがて辛そうに答えた洲崎さんの言葉は、思っていたものとは違っていて、僕が疑問の声を漏らすと、自暴自棄になったかのように続けた。



「…毎回ノートが取りきれてないから、私が鈍いってことでしょう?効率が悪くて、どん臭くて、どうせ私なんか……。」


「ちょ、ちょっとストップ!」



(なんかすっごく暗い事、言いはじめちゃった!?)



そんな洲崎さんを皆も『また、はじまっちゃったよ…』みたいな感じで止めなかったので、仕方なく僕が止めた。



「えっと、そういう事じゃなくてね……。」


「え…?あぁ、私また何か間違っちゃったんですね。すみません、武庫くんも無理だと思うなら今から断ってもらっても……。」


「あぁ、もう!ストップって言ってるでしょ!」



僕は手を突き出して、洲崎さんを止めた。



「洲崎さんの言いたい事は、だいたいわかったから。次は僕が喋るよ。その間は黙って聞くこと!わかったら頷いて。」


「え、え……?」



僕の勢いに押されてか、洲崎さんは戸惑いながらも頷いた。


僕はそれを確認して話をはじめる。



「…まず、毎回ノートが途中までになってること。これはたぶん、洲崎さんがノートをキレイに取りすぎてるからだね。」


「……え?」



僕は時間を与えると反論されると思ったので、聞いてくれている内に畳み掛けることにした。



「書くのが遅いっていうのも確かにあるんだろうけど、『必要のないことがいっぱい書いてある』のと、そのせいで『授業中に先生の話を聞く余裕がない』っていうのが、大きい問題だね。」


「……。」



驚いた様子で、僕の話に耳を傾ける洲崎さん。



「これはノートを見て思ったことだから、また後で僕のノートを見てもらってやり方を教えるよ。完全に真似しなくても、それだけで授業中に余裕は出来ると思う。」


「あ、ありが……。」


「それから!」



洲崎さんが口を開きかけたので、まだ伝えたい事がある僕は割り込んで伝える。



「テスト勉強については……、暗記系から始めていこう。どうしても、時間が掛かるところだからね。他は一緒にやった問題と、全く同じ問題を反復して。しばらく応用問題は置いておいて、ちゃんと解けるっていう感覚が身についてから、って感じかな。」



早口で喋ったので疲れた。

ふぅっと一息ついた僕に、洲崎さんから確認される。



「……いいですか?」


「ん、ごめん。僕からはもう大丈夫だから、何かあれば言って?」



ちょっと聞きにくそうにしながらも、洲崎さんが口を開く。



「本当に、いいんですか?」


「うん、なんでもどうぞ。」


「そ、そうじゃなくって……。」



僕の返答に、洲崎さんが困った様子を見せる。



「私の勉強、手伝ってもらって……。」


「あぁ、そういう事。うん、いいよ。」


「そ、そんな簡単に……。」



僕の返事が軽く聞こえたみたいなので、僕が付け足す。



「簡単だとは思ってないよ。律人の頼みじゃなかったら、引き受けたかわからないし。…それと、ノートを見て洲崎さんが本当に苦しんでるのがわかったから。絶対に助ける、なんて言えないけど、僕で良ければ出来る範囲で手助けしてあげられたらって思ってる。」


「武庫くん…。」



洲崎さんはギュッと自分の胸の前で握り拳を作り、反対の手でそれを包み込んだ。



「私に、できるかな?」


「それは、やってみないと。…でも僕も皆も、最後まで付き合うよ。」


「……絶対?」


「うん、約束する。」



そう強く頷くと、やっと洲崎さんに笑顔が浮かんだ。

勝手に足しちゃったけれど、皆も当然だと言うように頷いているので構わないだろう。



やがて洲崎さんは、決意の籠もった瞳で言った。


「よろしく、お願いします。」








結局、今日の昼休みは自己紹介と簡単なヒアリングだけでほとんど使ってしまった。


残りの時間、僕は洲崎さんに隣に座ってもらいノートの取り方を教え、他の皆にはそれぞれ勉強しておいてもらう。



「だから、先生が書いた内容を丸写しするんじゃなくて……。」


「そっか、なるほど……。」



僕のノートを見せながら、洲崎さんにアドバイスを送るっていると……。

やがて、律人が『あっ…。』と僕の後ろを見て声をあげた事に、僕は気付かなかった。



ギュッ


「えっ…?」



突如、背中に柔らかいものが押し付けられ、首に腕が巻きつけられる。

その瞬間、園田さんの『わぁっ!』という驚いた声をはじめ、教室内が騒ついた。



一瞬、なにが起こったのか分からず間の抜けた声を漏らした後、横を見るとすぐそこに由里ちゃんの顔があり、やっと僕は後ろから抱き締められていることを理解した。



「ゆ、由里ちゃん!?どうしたの!?」



パニックになりかけながら、何とか由里ちゃんにそう聞くと、至って平然と彼女は答えた。



「……陽葵に、話してきた。」


「いや、それはいいんだけど……。」



僕は恥ずかしさから、しどろもどろになりながら聞く。



「は、恥ずかしいから、一旦、離れてくれる?」



そう聞くと、ムッとした感じでより力を込める由里ちゃん。



「……深月は、イヤ?」


「そうじゃないよ。…でも今は、ね?」



甘いカップルのようなやり取りに、園田さんは目を輝かせ、洲崎さんは両手で口を隠すようなリアクションのまま固まっている。

男性陣は、まだポカンとしていた。



ただ、周囲の反応を全く気にしていない風な由里ちゃんは、チラッと洲崎さんの方を見てから言った。




「……深月、近すぎ。」



どんな目で見たのか、洲崎さんはピーンっと背筋を強張らせて、小刻みに震えている様にも感じた。



「え?ち、違うよ?」



そのまま体勢を変えることなく、僕への糾弾が始まった。


僕は慌てて否定して、事情を説明する。



「洲崎さんに、ノートの取り方を教えてたんだ。ほらっ、見せてあげながらの方が説明しやすくて…。」


「……。」



無言で納得いってません、と僕の目を覗き込むことで訴える由里ちゃん。

この話をずっとしてても仕方がないので、説得は後に回して話を変えた。



「それより、由里ちゃんも手伝ってくれるんでしょ?自己紹介しといた方がいいんじゃない?」



そう言うと、由里ちゃんの方に園田さんの援護が入る。



「いやぁ、私たちは気にしないよ?」


「気にしてよ!ほらっ、みんなの手も止まっちゃってるし、由里ちゃんお願い!」


「……。」



そこまで言うと、渋々、由里ちゃんが僕から離れた。

僕がホッと安堵したのを、律人は『深月がこんなに取り乱すなんてなぁ』と楽しそうに見ていた。


そんな律人にイラつきを覚えつつも、今は放置して由里ちゃんの相手に専念する。



「みんな、騒がせてごめん。知ってると思うけど、久寿川由里ちゃん。僕と一緒に教えるのを手伝ってくれるから、よろしくね。」


「……よろしく。」



由里ちゃんが僕の紹介に合わせて、小さく頭を下げた。



「く、久寿川さんが教えてくれるのか?」



なんか感動した様子で聞き返す住吉くん。

それに対し、由里ちゃんが端的に返す。



「……深月が、やるから。」


「…マジでベタ惚れなんだな。」



由里ちゃんの惚気(のろけ)?を聞いて、御影くんも唖然としながら感想を口にした。



「えっと、ここにいるみんなは……。」



僕はそれを誤魔化すように、由里ちゃんにみんなの事を紹介していった。






軽く紹介が終わると、もう昼休み終了の予鈴が鳴った。

……全然進まなかったけど、大丈夫かな?



「今日の放課後は、ダメなんだよな?」


「うん、今日は行かないと。みんなもまだ部活でしょ?」


「そう、だな。じゃあ明日からも頼む。」


「わかった。」



僕と律人がそんなやり取りをしている間、由里ちゃんは洲崎さん達と何か話していた。

大変、気になったが、もう時間もなく二、三言交わしただけっぽかったので、その時は聞けなかった。






「……深月は、ダメ。」


「えっ!?う、うん、大丈夫だよ。久寿川さんと武庫くん、すごくお似合いだと思うし……。」


「……本当?」


「あはは、久寿川さん、深月くんの前だとすっごく乙女だね。私、応援するよ?」


「わ、私も!」


「……ありがと。頑張る。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る