第18話「ヤベー奴」
僕は改めて5人の答案を眺める。
その間に、5人は僕の周りの席の子達にお願いして場所を譲ってもらい、グループ席が出来上がった。
「最初に…園田 夏代(そのだ かよ)さん、は誰?」
「あ、私だよ。」
違うクラスから来た方の女子生徒が、手を挙げた。
活発そうな女の子で、女子の中では背は高い方だろう。
「よろしくね。園田さんがこの中で、1番いい点数だったよ。」
「本当!?やった〜!」
喜ぶ彼女に、僕は彼女が答案を書いてきた紙を返しながら言った。
「園田さんは、数学と理科が苦手みたいだね。3問ずつここで落としてる。」
「う〜ん、そうなんだよねぇ…。」
「でも、他はちょっとやれば大丈夫そうだから。この2教科は重点的にやって、余裕が出来たら教える側にまわってくれる?」
「うん、了解だよ。」
元気よく敬礼する彼女に笑みを返し、次の答案を取り出した。
「えっと…、次、住吉 圭太(すみよし けいた)くんは?」
「おう、俺だぜ!」
坊主頭で小麦肌の、いかにも野球部といった感じの男子が返事をする。
見た目から、勝手にこの子が『ヤベー奴』だと思ってたけど、違うのか……。
「住吉くんが6点だよ。この中だと得点は高い方だけど、文系が壊滅的だね。」
「ははっ、はっきり言うな。いやぁ、暗記は昔っから苦手なんだよ。」
本人に弱点の自覚があるなら、話は早い。
「重点的に覚えた方がいいポイントを教えていくから、頑張って。」
「おう!頼むぜ。」
いい返事をして、ニカっと裏表のない爽やかな笑顔を向けてくる住吉くん。
お調子者な面もありそうだが、好感の持てる人柄にホッとする。
「あとは、4点の2人。律人と、御影 駿(みかげ しゅん)くん。」
「おう。」
「…俺だ。」
律人と、クール系っぽい男子が返事をする。
「2人は……。」
「ちょっと待ってくれ。」
僕が指摘を始めようとすると、御影くんがそれを止めた。
「駿、どうした?」
律人が御影くんに問いかける。
「いや、律人を疑ってるわけじゃないんだが、お前はどれくらい出来んだ?俺達の成績を偉そうにどうこう言う前に、先に証明してくれよ。」
睨む、とまではいかなくてもキツい目で僕を見る御影くん。
御影くんの言い様に、場に緊張感がはしった。
「お、おい、駿!深月は忙しい中なぁ……。」
「律人。……いいよ、御影くん。」
すぐさま、律人が僕と御影くんとの間に入ろうとするが、僕は大丈夫だと手を挙げてそれを抑えた。
僕は机の中から、昨日の問題を引用した5教科の教科書を取り出して並べる。
「どれでもいいよ。せっかくだし、1人一問ずつ出してみて。」
「…なに?」
「でも、テスト範囲で自分がわからない問題にしてね。」
「……ちょっと待ってろ。」
そう言って、英語の教科書を手に取る御影くん。
「さ、みんなもどうぞ。」
「面白そうだな!」
僕がそう促すと、ウキウキしているのは住吉くんくらいだったが、他の人も恐る恐る教科書を手に取った。
「あとは、これを繋げれば…。はい、答えは合ってる?」
「……正解だ。」
1番最初に選び始めたのに、最後まで悩んで御影くんが出したのは、英文の並び替え問題だった。
僕はなるべく丁寧に、『主語はこれで〜、これはこういう構文で〜。』と説明しながら問題を解いて見せた。
「今は順番に説明したけど、正直この問題は教科書の長文にそのままの文章があるから、取り敢えず点数を取るだけなら覚えちゃっててもいいよ。」
「……おう。」
「すごーい!深月くん、どの教科も完璧だね!」
御影くんが少し悔しそうに頷き、園田さんは手を叩いて喜んだ。
園田さんが言う通り、これで5問全てに正解したので、一応僕の学力は信用してもらえるだろう。
「みんなもこういう記憶に残る形でやった問題って忘れにくいはずだから、また復習しておいてね。」
僕がそう言うと、御影くんが驚いた様子で僕に聞く。
「お前、だからわからない問題って条件付けたのか…?」
「うん、そうだけど?」
「……すごい。」
御影くんの質問に平然と答えると、園田さんではない同じクラスの女の子が、ポツリと溢した。
御影くんも、『参った』と両手を挙げて自虐的な笑みを浮かべた。
「武庫、悪かったな。…テストまで、よろしく頼む。」
「うん、ちゃんと着いて来てね?」
「ここまでやらせたんだ。筋は通す。」
「もぉ〜、なんで駿が偉そうなの?」
「え、偉そうにはしてねぇだろ!俺はいつもこんな感じだ!」
園田さんの突っ込みに、御影くんが慌てて否定する。
その様子を『知ってるけどさぁ〜。』と園田さんが笑い、周りのみんなも釣られて笑った。
普段からの仲の良さを覗かせる2人のやり取りに僕も笑みを浮かべたが、そんな中、1人だけ影のある笑顔の彼女が少し心配になった。
気を取り直して、律人と御影くんの指摘を始めるが……。
「さて……言うまでもないけど、2人は単純に勉強不足だね。」
「俺たちにはそれだけ!?」
「うっさい。あれだけ苦労して教えたのに、継続して勉強しなかったからだろ?」
「うぐっ……。」
律人の突っ込みに、イラつきのままやり返すと、すぐに言葉を詰まらせる律人。
その様子を園田さんは『深月くんは律人にだけ辛辣(しんらつ)だねぇ〜』と笑って見ていた。
律人が僕に気を使わないように、僕も律人には遠慮しないのだ。
「……ただ、勉強してないだけだから、やればそれだけ出来る様になるよ。」
「おぉっ、任せとけ。」
「やってやるぜ。」
律人と御影くんが、揃って頷いた。
まぁ律人は勉強嫌いなだけで、覚えは悪くないし大丈夫だろう。
御影くんの方は知らないけれど、筋は通すと言ったのだから、そうしてもらおうかな。
「さぁ、最後は……。」
僕は最後に残った『0』の数字が書かれた用紙を持って、顔を上げた。
「洲崎 梢恵(すざき こずえ)さん、だね?」
「……はい。」
残った女子、洲崎さんに声を掛けると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せたまま返事をした。
律人と同じグループなのが不思議なくらい、大人しそうな子で、僕と同じクラスなのにそんなに印象がなかった。
「ちょっと厳しいこと言うけど、大丈夫?」
「うぅ…、大丈夫です。」
ビクビクしながらも、ちゃんと聞こうとする洲崎さん。
打たれ弱そうだから、あんまりズバズバ言いづらいけど、受け止めてもらわないと仕方ない。
「じゃあまずは…、空欄が多すぎる。半分しか埋めてないのは、なんで?」
「その、わからなくって……。」
「数学とか途中までも、わからない?」
「……はい。」
僕はちょっと考えてから、聞いた。
「失礼だったらごめん。普段、宿題とかだけでも勉強はしてる?授業中、寝ちゃったりとか別の事に時間を使っちゃってるとかではない?」
「ち、違います!授業も聞いてるし、宿題もしてます!……あんまり、正解しないけど。」
バカにしたように聞こえてしまったのか、洲崎さんは大きく否定した。
ただ正直者なようで、自信なさげに付け足した言葉は僕の耳にも届いている。
「……よければ、ノート見せてくれない?」
「……はい。」
信用されてないと思ったのか、トボトボと自分の席にノートを取りに行く洲崎さん。
その間に、園田さんがちょいちょいっと僕を呼んだ。
「……どうしたの?」
「いやぁ、梢恵なんだけどさ……。あの子、勉強はすっごくしてるのよ。」
「へぇ…。」
「授業もちゃんと聞いてるし、ノートも取ってる。でも、……。」
「テストで点数は取れない。」
園田さんの続きを引き継ぐと、合っていたみたいで苦笑いで頷く。
「……中学の頃からそれで、教えても出来ないから教えてあげる人もいなくなっちゃってねぇ。それを引きずってて、今でも他人に勉強を教えてもらうのに苦手意識があるみたい。」
「だから、みんなで教わろうって事になったんでしょ?」
僕の言葉に、園田さんがギョッとする。
「知ってたんだ…。それとも、深月くんってエスパー?」
「違うよ。」
園田さんの驚きように、僕は笑って答えた。
「いくら仲が良かったって、5人全員で教わる必要なんてないことくらいわかるから。」
「……それで、何か事情があるって?」
僕と園田さんの話を聞いていた御影くんが、入ってきて聞いたので頷く。
「まぁ、律人があんな殊勝な態度で頼んできた時点で、怪しかったよ。」
「お前なぁ…。」
一同に、笑いが起きた。
そんな中、僕は洲崎さんの答案を見た。
園田さん曰く洲崎さんは真面目で、勉強もしている。
なのに、テストで点数は取れない。
……うーん、これは間違いなく『ヤベー奴』だ。
「…はい。数学でいい?」
「うん、ありがとう。」
戻ってきた洲崎さんからノートを受け取り、僕は原因がなにかを探った。
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