第17話「律人のお願い」


「なるほどね……。」



僕は律人から事情を聞いて、頭を抱えた。



どうやらこの4人は、律人の中でかなり仲の良い友人らしい。

ただ言い方は悪いが、勉学の成績は良くて並。

さらにこの中に、律人の言う『ヤベー奴』もいる。


その『ヤベー奴』と同じ中学だった並の成績の人は、入試の時には手助けしたものの、自分も入学後気を抜いてしまい、今回は自信がないとのこと。



さらにさらに、じゃあ誰かに勉強を教えてもらおうとなったところで、アテがない。

個々で教えて貰える友人はいるのかも知れないが、この人数を頼めるほど仲が良くて、頭の良い知り合いはいなかったようだ。



そこで、律人の入試を助けた僕に白羽の矢が立った。

律人の勉強嫌いはこのグループでも周知の事実らしく、その律人を合格に導いた実績を買われたそうだ。

……全く、嬉しくないけど。



ただ僕の場合、放課後に時間を作れない日がある。

だから、その対策として昼休みに行うことと、(彼らにとっては)早めに、テスト勉強に取り掛かろうとなったらしい。




「なぁ、頼むよ深月。」



頼み込んでくる律人と、その後ろで緊張した面持ちで僕の答えを待つ友人達。


僕はため息と同時に肩を落として、律人に聞いた。



「…部活が休みになるのは、いつから?」


「え?…あぁ、だいたいは明後日からだな。ミーティングだけ、あったりするかもわかんねぇけど。」



「……そう。」



明後日というと、ちょうどテスト1週間前。

彼らの成績はよく知らないが、それからはじめたのでは、僕が律人1人でいっぱいいっぱいになってしまうだろうから、早めに来た彼らの判断はある意味正しい。




僕はもう一度、ぐるっと5人を見た。

僕と目が合うと愛想笑いをするのもいるし、申し訳なさそうにしている子もいる。

……まぁ、律人が仲良くしている時点で、そんなに悪い子達ではないだろう。



僕は、自分の性格を呪いながら、もう一度さっきより大きく諦めの溜息を吐いた。




「……わかったよ。」


「本当か!?」


「ただし!」



わぁっ!と騒がしくなった律人の友人達が、僕の言葉でピタッと歓声を止めた。



「今日、律人に何問かメッセージで問題を送るから、それをそれぞれで解いてみて。……答え合わせはしなくていいよ。僕が明日見るから。」



「あ、あぁ。どれくらい出来るかって事だな?」



「そう、まずはそれが分からないと教えようもないしね。」



僕からの条件が、前向きな検討がされていると感じたのかホッとした様子の皆に、僕は釘を刺した。



「……わかってると思うけど、1人でもそれをしてこないようなら、僕は引き受けないよ?」



「うっ…。まぁ、そうなるよな……。」



僕の厳しい言葉に、一気に緊張感が増す。

それでも代表して、律人が胸を張った。



「こっちが無理言ってるんだ。それくらい、任せとけ!」


「おぉ!やってやるぜ。」

「が、頑張る!」



それに続いて、それぞれが気合の入った返事を口にする。



「それじゃとりあえず、明日の昼休みにね。」


「おう、サンキューな。」



他の面子は『絶対やってこいよ!』『頑張ろうね。』などとお互いを鼓舞し合っていた。


僕はそれには混ざらずに席を立つと、律人が追いかけて来た。




「深月!」


「……まだ、何かあるの?」



用が済んだので早く由里ちゃんの所へ向かいたかった僕は、若干不機嫌な対応をしてしまう。



「いや…、悪かったな。」


「いいよ。…それに、まだ引き受けたわけじゃない。」



律人が僕の返しに、ニッと笑った。

僕はその笑顔に、奇怪なものを見る目を向けた、



「変わってねぇな、深月。」


「……なにが?」


「お前もお人好しだよなって事だよ。」



律人のよくわからない評価に、突っ込む時間も惜しくて踵を返す。

すると律人は慌てて、用件を話した。



「頼んどいて今更だが、久寿川、大丈夫なのか?」



僕はくるっと顔だけ律人に振り返って、言った。



「ちゃんと話せば、わかってくれるよ。」



それだけ言って、今度こそ僕は由里ちゃんの待つ昇降口へと向かった。



「へっ、信頼してんだな……。」



律人が嬉しそうにそれを見送っていた事を、僕は知らない。










「え、えっと……、由里ちゃんごめんね?」



「…………。」



昇降口に着いて真っ先に由里ちゃん謝ったが、ツーンと顔を背けられてしまう。

わかりやすい、怒ってますよアピールに僕は苦笑いを浮かべた。



「律人から、ちょっとお願いをされててさ…。」



靴を履き替えながら事情を話すと、由里ちゃんがボソッと呟いた。



「……また、伊丹律人。」


「ゆ、由里ちゃん…?」



憎々しそうに律人の名を呼ぶ、由里ちゃん。

なんだかすごく、敵対意識を持たせてしまったかも知れない。



「それでね、ちょっとまた相談があるんだけど……。」


「……なに?」



『律人からのお願い』の事だろうと察しがついたのか、いつもより低い声で由里ちゃんが聞き返してくる。




「ちょっと長くなるから、歩きながら話そう?」


「……わかった。」



そう言って、由里ちゃんはいつものように肩が当たりそうな所まで、僕との距離を詰めて並んだ。








「…さっきの話だけど、簡単に言うと律人達5人の勉強を見てほしいって、お願いされたんだ。」


「……。」



校門を出たくらいで、僕は由里ちゃんに律人からのお願いを伝える。

今のところ、由里ちゃんの反応はない。



「それで、なんだけど……。しばらく昼休みはそれで潰れそうなんだ。」


「……。」



ピタッと、由里ちゃんの足が止まった。



「……やだ。」


「まぁ、そうだよね……。」



僕がどう説得しようか悩んでいると、由里ちゃんはそれを聞きたくないかのように、ペースを上げて歩き出す。



「ま、待って!由里ちゃんとの約束を忘れたわけでも、由里ちゃんよりそっちが大事って事でもないんだ!」



僕は由里ちゃんを追いかけて、横に並んだ。



「……。」


「とりあえず、僕の考えを聞いてくれない?」



そう言うと、歩みを緩める由里ちゃん。

なんとか、話は聞いてくれそうだ。



「今回のテストは中学より難しくなってるかも知れないけど、範囲が狭い。それなら、元々普通に出来てた子の遅れを取り戻すには、そんなにかからないと思うんだ。」


「……それで?」



聞く価値のある内容だと思ってくれたのか、由里ちゃんが先を促す。



「その子達を優先的に教えて、他の子の勉強を見てもらう。あとは、律人が言う勉強が苦手な子がどれくらいかだけど……。」



僕はまだ学力を知らない『ヤベー奴』について考える。



「普通の子が、教えられるくらいまでは僕が見るよ。でも、それからは律人のグループ内で頑張ってもらおうと思ってる。」


「……だから?」



まだちょっと怒り気味の由里ちゃん。



「それなら、放課後も使うかも知れないけど、今週中になんとかなると思うんだ。正直、僕自身は今回はある程度余裕があるし、由里ちゃんとは土日に一緒に勉強しない?」



「……。」



流れをまとめると、今日は月曜日でテストは来週の水曜日から。

律人達の部活休みはちょうどテスト1週間前の、明後日の水曜日かららしい。

僕は今週の金曜日までの4日間で、律人達の勉強に目処(めど)を立たせようと考えている。



僕の提案に、考える素振りを見せたあと、由里ちゃんが口を開く。



「……その間、会えないのは嫌。」


「由里ちゃん……。」



ちょっと辛そうに言う由里ちゃんに、ギュッと胸が締まる。

ただ勝手な事を言っているのはわかっているが、それでも僕との時間を大切にしてくれていることを嬉しく思ってしまう。



もう律人に謝って断ってしまおうかと、考えかけた時、由里ちゃんは言った。



「……私も、する。」


「えっ…?」


「…私も一緒に、教える。」


「由里ちゃん!」



僕は由里ちゃんの提案が嬉しくて、彼女の手を取った。



「ありがとう!すごく助かるよ。」


「……う、うん。」



僕の反応に、押され気味な由里ちゃん。

僕は何より、由里ちゃんが自分から他者の助けを買って出てくれたのが嬉しかったのだ。



「うん、それなら一緒にいられるね。早く終わらせて、2人でも勉強しよう。」


「……うん。」



僕の喜ぶ理由はよくわかってなさそうだが、由里ちゃんは少しだけ頬を緩めて頷いた。








「……。」



次の日、約束通り昼休みに僕の教室に集まって、昨日律人に送った問題の解答を見ていく。

問題は全部で20問で、5教科から4問ずつ出題した。


とはいっても、僕が考えた問題とかではなく、教科書の確認問題から重要そうなものを引用しただけのものだ。



その5枚の答案を見終わって、僕は天を仰いだ。

ちなみに、由里ちゃんは陽葵さんに事情を説明すると言っていて、ここにはいない。



「ど、どうだ?」



緊張した顔で、僕に聞く律人。

そんな律人に、僕は一言。



「……ひどい。」



「「「「……。」」」」



その言葉に、一斉に顔を伏せる皆。



20問なので20点満点だとしよう。

そうすると、5人の最高得点がなんと10点。最高得点で、たった半分だ。

次に6点、4点が2人、そして0点…。



なんとも悲惨な状況過ぎて、声も出ない。



「ほ、ほらっ、今からやればなんとかなるだろ?」


「黙れ、4点。」


「ぐっ…。」



律人の慰めに、僕は本気でキレかけた。

…入試の時、あれだけ教えてあげたのはなんだったのか。



重い空気の中、僕は立ち上がる。



「…やるよ。」


「……え?」



僕は5人に向かって、宣言した。



「目標は赤点回避!絶対に全員受からせるから、やるよ!」


「「「おっ、おぉっ!!」」」



男子連中がそれに乗って気合いを入れ、女子はそれを聞いて安心したように笑っている。




ここから、僕たちの戦いが始まった。

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