第20話「悪い予感」


「……こういう問題の時は、この公式に当てはめるだけだから…。」


「あ、そっかぁ…。」



皆のおおまかな学力を知った次の日の昼休み、今日から本格的にテスト勉強をはじめた僕等は、昨日と同じように僕の教室に集まっていた。



「じゃあ、園田さんはこの問題やってみて。」


「ん、りょーかいっ!」



僕が問題集を指差すと、園田さんは返事をしてそれに取り掛かる。

数学が苦手な彼女だが、簡単な問題をやり方からしっかり教えれば、似た問題ならすぐに解けるようになっていった。




さて、と僕は他の人の進行を見る。


住吉くんはとにかく暗記対策だから、今はあまり見る必要はない。

律人と御影くんには、意外にも由里ちゃんが黒板を使って何か説明していた。



一瞬、その様子にモヤっとはしたけど、すぐに洲崎さんの方へ視線を移す。



「洲崎さん、どう?」


「え、えと…、ここが分からなくて……。」



英語をしていた洲崎さんが、長文の中の一文を指した。

全然進んでないことを咎めることなく、僕は聞く。



「どの単語が、わからない?」


「えっとね、意味は調べたんだけど…。上手く言葉にならないっていうか……。」


「それじゃ、まずはどの部分が主語かな?」



丁寧に英文を分解して、和訳を手伝っていく。

かなり四苦八苦しながらだが、慣れれば早くなるだろう。

それが、テストまでに間に合うかは、分からないが……。



「うん、だからこの単語の意味がこうなって……。」


「あっ!わかったかも!」



そう言って、嬉しそうに日本語にしていく洲崎さん。

それぞれの単語の意味を並べ直しただけにも見えなくないが、ちゃんと合ってるから問題ないだろう。



「うん、いいと思う。ちゃんと出来てるよ。」


「えへへ…。」



僕が褒めると、洲崎さんは照れ臭そうに笑った。


そこで視線を感じて振り向くと、由里ちゃんが羨ましそうな表情でこっちを見ていたので、僕は苦笑いで小さく手を振る。



「あっ、ごめんね…。」


「ん?なにが?」



その様子を見ていた洲崎さんが、僕に謝った。

僕が聞き返すと、申し訳なさそうに洲崎さんが答える。



「久寿川さん、怒っちゃったんじゃない?」


「…ううん、そんなことないよ。ちょっと寂しがってるだけ。」


「そう、なのかな…。」



僕が読み取った由里ちゃんの感情に、納得いっていない様子で首を捻る洲崎さん。



「久寿川さん、あんまり感情を表に出さないから……。」


「仲良くなれば、ちょっとした違いに気付くようになるよ。」


「…ごめん、私には、いつもとどこが違うのか分からないかな。」



わかりやすい表情の変化も増えてきた由里ちゃんだが、まだまだ無表情に見られがちなのは相変わらずなようだ。



陽葵さんですら、よく分かってなさそうだし。

その事にちょっぴり優越感を覚えながら、僕は言った。



「由里ちゃんの感情はテスト問題よりずっと難しいから、今は気にしないで。」


「……うん、そうする。」



僕の言葉にクスリと微笑んで、洲崎さんは勉強を再開した。







「……なに、話してたの?」



しばらくして由里ちゃんは手が空いたのか、僕の元へとやって来て聞いた。



「うん?由里ちゃんが怒ってないかって、洲崎さん心配してたよ?」



あっさりとバラした僕に、英文の続きをしていた洲崎さんがチラッとこっちを見たけれど、すぐに勉強に戻った。



「……しょうがない。」


「うん、そうだね。ありがとう。」



言葉ではそう言ってくれているが、不貞腐れた様子の由里ちゃんに御礼を言った。

すると、ススっと頭を差し出してきたように思えたので、僕は自然な動作で彼女の頭を撫でた。


僕の手の動きに合わせて、由里ちゃんが気持ち良さそうに目を細める。




「……おーい、出来たぞー。」


「あっ……!」

「……。」



甘い雰囲気になりかけたところで、律人がニヤけながら僕等を呼んだ。


(教室だったの、忘れてた!!)



僕は顔から火が出るくらいに赤くして、パッと手をどかす。

からかう様子の律人を、由里ちゃんが恨めしそうに見ていた。










「あっ、由里ちゃんだー!」


放課後、一緒に迎えに来た由里ちゃんを見ると、芙実は描きかけの絵を放って駆け寄って来た。


昼休みの埋め合わせ芙実の迎えに一緒に行くことを、由里ちゃんに要求されたのだ。




「由里ちゃーん!」


「……芙実ちゃん、久しぶり。」


前にあったように、由里ちゃんに向かって両手を広げた芙実を、由里ちゃんはまだ少しぎこちない動作で抱き締めた。



「えへへー。」


「……。」



由里ちゃんの腕の中で満足そうに微笑む芙実と、照れたように頬を赤く染める由里ちゃん。

なんとも微笑ましい光景に、僕の表情も緩む。



「あらっ、芙実ちゃん。お姉さんが出来たの?」


いつもの先生が僕に会釈してから、芙実に聞いた。



「うーん、由里ちゃんとはお友達だよ?」


「……はい、今はお友達です。」



嬉しそうにしながらも、『今は』を強調した由里ちゃん。

それで先生は何か察したのか、からかうような視線を僕に向けてくる。



「…今後に期待ですね。」


「勘弁して下さい。」



すぐさま白旗を上げる僕を、先生は楽しそうに見ていた。







「今日はねー、まりちゃんとお絵描きしてー……。」


「……楽しかった?」


「うん!」


帰り道、すっかり由里ちゃんに懐いた芙実は、僕と由里ちゃんの手を片方ずつ握り、今日の出来事を楽しそうに話す。



「由里ちゃんは?」


「……私?」



一通り、自分の事を話し終わると、今度は由里ちゃんに話を振った。



「……私は、深月のお友達に勉強を教えた。」


「お勉強?」


「……そう、テストが近いから。」



『テスト』というものがピンとこないのか、芙実が首を捻る。

しばらく悩んだ後、芙実は聞いた。



「楽しかった?」


「……。」



今度は由里ちゃんが悩む素振りを見せる。



「……楽しかった、と思う。」


「そっかぁ、良かったね!」



曖昧な答えをした由里ちゃんだったが、芙実は肯定的に捉えたようだ。


芙実に合わせたのかも知れないが、由里ちゃんが本当にそう感じていてくれたらいいのに、と僕は思った。








「それじゃ、僕は芙実を送って来るから。」


一旦僕の家に来て3人で遊び、時間が来たので僕は芙実を姉さんの家に送り届ける。

由里ちゃんは今日は帰るので、ここでお別れだ。



「由里ちゃん、またね!」


「……うん。」



由里ちゃんが来てくれたのが嬉しかったのか、いつもより満足そうに芙実が手を振る。

それに、由里ちゃんも手を振って応えた。



「……深月、気をつけてね。」


「うん、由里ちゃんも。」


「……また連絡する。」


「わかった、僕が帰ってきたらするよ。」


「……うん、待ってる。」



当たり前のように、交わされるやり取り。

なんだかそれを、由里ちゃんがより僕の日常に入り込んできているように感じた。







『今、着いたよ。』


『お疲れ様。』


『ちょっと家事をするから、返信遅くなるかも。』


『わかった。』



約束した通り、由里ちゃんとメッセージアプリでやり取りしながら家事をこなす。



『深月、言い忘れてた。』


『なにを?』


『明日から、陽葵も来るって。』


それは早めに教えて欲しかった……。



『わかった、明日は放課後もだけど大丈夫?』


『うん。』



明日からは部活も、試験休みないし短縮になるらしいので、放課後もみっちり勉強するつもりだった。

由里ちゃんには伝えていたが、確認の意味で聞くと、それは覚えていてくれたみたいだ。



僕の中で陽葵さんはトラブルメーカーの印象があるけど、大丈夫かな……。



僕のこの悪い予感は、すぐに的中する事になる。

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