第15話(閑話)「家に帰ってから」


「おかえりなさい、由里ちゃん。遅かったのね。」


「……ごめんなさい。」



私が帰って来た音を聞いて、祖母がパタパタとスリッパを鳴らして出てきた。

謝る私に祖母が困ったような顔をして、言い訳する様に言う。



「ち、違うのよ。怒ってるんじゃなくて、由里ちゃんが心配だったの…。」



視線を逸らす祖母に、申し訳ない気持ちが湧いてくる。



——いつも、放っておいて欲しいと思っていた。

けれども今日は、深月と芙実ちゃんの顔が思い浮かんで、私にある可能性を思いつかせた。



(……おばあちゃんも、私と仲良くしたい?)



そう思うと、目の前の祖母に対する罪悪感が膨れ上がった。

思わず自分の部屋に逃げ込みたいとさえ思ったが、またもやついさっき、家の前で分かれた深月が頭の中で私を呼ぶ。



『由里ちゃん、がんばって。』



(……頑張ったら、また褒めてくれるかな。)



そう考えると、自然に笑顔を浮かべることができた。




「……ありがとう。でも、送ってもらったから、大丈夫。」


「えっ!?」



祖母がとても驚いた顔をして、少しすると瞳に涙を溜めた。



「ゆ、由里ちゃん…。そうなの、お友達?」


「…うん。すごく大事な、友達。」


「そうだったのね……。もうすぐご飯だけど、食べる?」


「……うん、一緒に食べたい。」


「うっ…うぅ……、うん…うん……。すぐ、出来るから…、一緒に食べましょ……。」



この家に来てから、こんなに喋ったのは初めてかも知れない。

涙を流しながら、嬉しそうに話す祖母に、ちゃんと話してよかったと思う。



そして、今日あった深月や芙実ちゃんの話を聞いて欲しいと思うのは、虫がよすぎるだろうか…。



そう思うのに、今なら祖父母が私を大切にしてくれていることがよくわかって、つい気が緩んでしまう。



祖父はわたしから『ただいま』と言うと雄叫びをあげ、それを祖母は踊り出しそうなくらいニコニコと笑いながら眺め、夕食の時には私の話をまた泣きながら、2人は嬉しそうに聞いてくれた。



身近にいた、私を大切に思ってくれる存在に気付かせてくれたことを、また一つ、私は深月に感謝した。







「……はぁっ。」



ようやく自室のベットに寝っ転がると、私は疲労感から大きく息を吐き出した。


(……疲れた。)



今日は、色々ありすぎた。

こんなに賑やかな1日は、間違いなく人生で初めてだろう。



(……でも、楽しかった。)



深月の家に行って、料理をして、芙実ちゃんと遊んで、帰って来てから祖父母と話をした。

どれも大切な思い出になったが、慣れないことの連続で、一日中勉強していてもここまで疲れることはないだろう。



(……芙実ちゃん、やっぱり可愛い。)



はじめて抱き締めた時の感動は、まだ心の中に残っている。

小さくて、暖かくて、可愛い……。


今日遊んだばかりなのに、ついもう次は何をして遊ぼうかなどと考えてしまう。



(……本当に、よかった。)



芙実ちゃんと会うのは、不安だった。

もちろん楽しみにもしていたけれど、自分が子供と仲良くなれる姿が思い浮かばなかったから…。



——でも、やっぱり深月がいれば大丈夫だった。

深月がいれば…、見ていてくれたら、私も頑張れる。




芙実ちゃんと、そして祖父母の笑顔を思い出す。

その笑顔が、私と居ることで作られたのだと思うと、なんだか達成感を感じた。




瞳を閉じ、微睡む意識の中、今日の出来事を振り返る。

意識が薄れていくのと同時に、ちょっとずつそれが楽しい思い出だけになり、思い浮かべる場面が減っていって、最後にはやはりと言うべきか深月が残る。



「深月……。」



ぽつりと、彼の名前を呼ぶ。

褒めてもらおうとした時、本当は深月はいつものように照れると思っていた。





でも、深月は褒めてくれた。抱き締めてくれて、頭を撫でてくれた……。



けど…、もう少し甘えたかった。




彼の暖かさを思い出し、私は微笑んだまま深い眠りに落ちていった。












「……はぁっ。」



ようやく長かった1日が終わり、倒れ込むようにベットに寝っ転がる。

力が抜けて、包み込む布団の感触がいつもより心地よく感じた。



「……由里ちゃん、大丈夫だったかな。」



特に門限を決められているわけではないと言っていたが、親御さんを心配させてしまっただろうか。



(今度からは、気を付けよう……。)



そう思って、姉さんが言っていたように、また今度があるのが当然のように考えている自分が恥ずかしくなる。





(……でも2人が仲良くなれて、本当によかった。)



気を取り直して、今日の出来事を振り返る。

一時はどうなるかと思ったが、2人が笑い合い遊んでいる姿を見られて、僕もすごく嬉しかった。



(近いうちに、また会わせてあげられたらいいけど……。)



そろそろ、テスト期間が近づいてきている。

由里ちゃんとは一緒に勉強する約束もしているし、その時に息抜きに芙実と遊んでもいいだろう。


その後は、買い物の約束もある。

気付けば今後の予定を考えると、由里ちゃんでいっぱいになっていた。



(由里ちゃんが僕を好きな理由も、わかったし……。)



ずっと抱いていた疑問は、芙実のおかげで解消された。

同時に由里ちゃんが、僕に何を望んでいるのかも。



(もっと甘えさせてあげて、いいのかな……。)



由里ちゃんからハグを要求された形だったとはいえ、僕は自分の意思で彼女を抱き締めた。



嫌がられていなかったか一瞬不安になるが、ギュッと抱きついてきた彼女の様子から、それはないだろうと自分に言い聞かせる。




「由里ちゃん……。」




ぽつりと、彼女の名前を呼ぶ。

僕の由里ちゃんに対する気持ちが、恋人として抱く感情なのかは、まだわからない。



けれども、由里ちゃんが望むモノで僕があげられるモノなら、与えてあげたいと思った。



なんだか胸に宿るモヤモヤの正体を、僕はまだ知らないまま眠りに落ちた。

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