第13話「由里ちゃんが来た・中」
「ほらっ、芙実。この人が今日遊んでくれるお姉ちゃんで、由里ちゃんだよ。」
「……こんにちは。」
「うぅ……。」
由里ちゃんと芙実の初顔合わせ。
案の定というか、芙実は緊張気味に僕にしがみついたまま、由里ちゃんにちゃんと挨拶を返さなかった。
由里ちゃんの方は芙実に目線を合わせて、出来るだけ優しく声を掛けてあげているのはわかる。
しかし、由里ちゃんも緊張しているのか僕に対する時よりは表情が固く、よく知らない人から見れば完全に無表情に感じてしまうだろう。
「…由里ちゃん、ごめん。しばらくしたら慣れると思うから……。」
「……ううん、大丈夫。」
あんまり強要することも出来ないので、とりあえず時間を掛けて2人の仲を取り持とうと考える。
由里ちゃんは大丈夫と言いながらも、ショボンと落ち込んだ様子だった。
「芙実、そしたらお兄ちゃん達はお昼ご飯作るから、お絵描きしててね。」
「うん…。」
「それじゃ、由里ちゃん。はじめよっか。」
「……わかった。」
暗い雰囲気の2人に呑まれないように、なるべく明るい声で促す。
「芙実、カレー好きだよね。お姉ちゃんが作ってくれるから、楽しみだね。」
「……お兄ちゃんのがいい。」
「……。」
「えっと、お兄ちゃんも一緒に作るから…。」
ちょっとでも仲良くできればと思って芙実に声を掛けたが、子供特有の容赦のない意見でさらに由里ちゃんを傷つけてしまった。
(失敗したなぁ…。由里ちゃんが気にしすぎないといいけど……。)
表情は変わっていないが由里ちゃんの様子を気にしつつ、これからの不安が増す僕だった。
「人参はこうやって斜めに切って、次は回してこう切るから…、やってみようか。」
「…うん。」
「そう、添える方の手は軽く丸めて指さきを出さないように…。いいよ、そのまま切って。」
「……。」
以前メッセージで送ってきた写真と同じエプロンをつけた由里ちゃんと、台所で並ぶ。
最初の方こそ、それを思い出してドキドキしてしまったが、集中し出すと何事もなく料理は進んだ。
今は包丁を手渡し、由里ちゃんにひとつひとつの食材に対して、アドバイスしたり手本を見せたりしながら切ってもらっている。
真剣な表情で由里ちゃんは、慣れていない動作ながら、トンっトンっと危なげなく材料を切っていった。
「…うん、上手だよ。キレイに切れてる。」
「……ありがと。」
少し疲れた様子だが、切り終わったお肉や野菜を眺めて嬉しそうな由里ちゃん。
「疲れてない?少し休もうか。」
「…ううん、芙実ちゃん待たせてるから。」
僕の提案に、由里ちゃんが首を振ってやる気に満ちた目をする。
なんだかそんな、芙実のために頑張る由里ちゃんが眩しく見えた。
「そっか…、それじゃ続きやっちゃおう。」
「…お願い。」
「こちらこそ。ここからは火を使うから気をつけて。」
「…うん。」
そうして僕らは料理を再開した。
たまに僕が芙実の様子を見ながらも、料理は順調に進み、あとはルーを入れて煮込むだけだ。
「あとはこのルーを3つ入れて、溶かしながら煮込もう。」
「……うん。」
「あっ、あとは混ぜるだけだから、僕がやるよ。」
慣れないことをしたせいか、由里ちゃんは疲れた様子だ。
かき混ぜる役は僕が引き受けて、由里ちゃんには休んでもらう。
すると、由里ちゃんはリビングで塗り絵をしている芙実を眺めていた。
「……ごめんね。芙実も悪気はないんだけど、気を使うよね。」
そう聞くと、ボーッと芙実を見ていた由里ちゃんが僕の方を見る。
「……大丈夫。」
「そう?芙実も人見知りしてるだけだし、あんまり気にしないで……。」
僕が由里ちゃんを励まそうとすると、由里ちゃんは首を振ってそれを止めた。
「子供、好きだから……。」
「そうなの?」
「……。」
由里ちゃんが子供好きというのがなんだか意外で、つい聞き返すと由里ちゃんは無言で頷いた。
正直、由里ちゃんの性格からして子供好きには見えない。
けれども、いつの日かメッセージのやり取りをしていた時に、確か『子供が欲しい』とも言っていた。
その時は僕をからかう為にそう言ったのかと思っていたが、由里ちゃんが本気だったら……。
自分と由里ちゃんの子供、というのを想像して顔が熱くなる。
いや、子供を作るためにはそういうことをするわけで、なんなら由里ちゃんはそれを見越している風でもあるから……。
「……深月、大丈夫?」
「…えっ?わぁっ!」
よからぬ事を考えていたせいで、カレーを混ぜる手が止まっていた。
コポコポと煮立ったカレーに、僕は慌てて手を動かした。
「芙実、お待たせ。食べよう。」
「うん…。」
なんとか焦がすことなく完成したカレーをテーブルに並べて、芙実を呼ぶ。
まだあまり元気がない芙実は小さく返事をすると、僕の方へとやって来た。
「どうしたの?」
「……お兄ちゃんと食べる。」
そう言って、僕の膝に乗ろうとする芙実。
最近はちゃんと1人で食べていたのに、なんだか今日は僕に甘えて来た。
「1人で食べれるよね?赤ちゃんみたいだって、お姉ちゃんに笑われちゃうよ?」
「いいの!お兄ちゃんと食べる!」
「……。」
強引に僕によじ登ってきた芙実を、仕方なく支える。
由里ちゃんは羨ましそうにそれを見ていた。
「わかったよ、でも残さないで食べようね。」
「…うん。」
また空気が重くなりそうだったので、僕はなるべく明るい声を出した。
「それじゃ、いただきます。」
「「…いただきます。」」
「うん、美味しいよ。上手くできたね。」
「…うん、よかった。」
「ほらっ、芙実も食べて。」
「……ん。」
芙実が気になるのか、どこかぎこちなく微笑む由里ちゃん。
芙実にも食べさせてあげたけど、やっぱり反応は薄い。
それからかちゃかちゃと、静かな食卓に食器の音だけが響く。
僕は由里ちゃんを気にしながら、芙実からも目が離せなくて、どうしたものかと悩んでいた。
すると、由里ちゃんから勇気を出して、芙実に話しかけた。
「……おいしい?」
「……!」
芙実はびっくりしながら顔を上げ由里ちゃんを見たが、なにも言わずにすぐに顔を下げて食事を再開した。
これには僕も、少し強めに芙実を注意する。
「芙実。せっかく由里ちゃんが、芙実のために作ってくれたんだよ。ちゃんとお礼しなさい。」
「……や。」
「芙実!」
「深月…、いいから。」
僕が強く芙実を呼ぶと、由里ちゃんが止めた。
「…ごめんね、はじめて作ったから、下手だったかも。」
「……。」
「由里ちゃん…。」
多少、食材が不揃(ふぞろ)いな大きさなくらいで、カレーはよく出来ている。
なのに、自分を責めるように言う由里ちゃんを見ているのは辛かった。
けれども、今無理に芙実にお礼を言わせても、たぶん逆効果だろう。
どうすれば2人を仲良くさせられるのか、僕は必死に考えてもいい考えは浮かばず、それから誰も喋らないまま静かに昼食を片付けた。
「洗い物は僕がするから、そこに漬けといて。」
「…わかった。」
「由里ちゃん…、美味しかったよ。」
「……ありがとう。」
正直2人が気になって、せっかくの由里ちゃんの料理を味わうことは出来なかった。
由里ちゃんもそれはわかっているようで、僕の感想は響かなかったようだった。
僕が食器を片付けている間、芙実と由里ちゃんはリビングで2人きりになっていたが、距離が縮まることはなかったようだ。
……物理的にも2人の距離は離れていて、芙実がお絵描きしているのを由里ちゃんが遠くから眺めている。
「由里ちゃん、ちょっとごめん。芙実と2人で話がしたいんだ。」
「……うん、わかった。」
流石に、この空気をどうにかしないといけない。
僕は芙実と2人で話して、少しでも由里ちゃんに対する警戒を解いてあげようと考えた。
「芙実、お兄ちゃんとお話しよ?」
「うん……。」
叱られると思っているのか、俯いたままの芙実の手を引いてリビングを出た。
僕は芙実を廊下に連れてきてしゃがみ、芙実に目線を合わせて聞いた。
「芙実、お兄ちゃんと遊びたかったんでしょ?今日はずっと暗い顔してるけど、どうしたの?」
「……え?」
昼食の時、つい芙実を叱りかけてしまったけれど、芙実が慣れない人がいて緊張するのはわかっていたはずだ。
そのことを反省し、僕が芙実の事をちゃんと考えてあげないといけないと思い直したので、なるべく遠回しに芙実を気遣いながら原因を探る。
芙実は心配してもらったことが意外だったのか、キョトンとした。
「ごめんね、お兄ちゃんがちゃんと芙実のこと見てあげてられなかったね。」
そう言って頭を撫でてあげると、ほんの少し芙実に笑顔が戻った。
「ほらっ、芙実は笑ってる方が可愛いよ。由里ちゃんにも見せてあげよ?」
「……うん。」
由里ちゃんの名前を出すと、芙実の表情は再び強張ったが今回は素直に頷いてくれた。
「それじゃ、戻ろうか。」
あんまり由里ちゃんを1人にするのも可哀想なので、もう大丈夫そうかなとリビングに戻ろうとすると、芙実が僕の手を引っ張った。
「待って、お兄ちゃん……。」
「うん?なにかな?」
立ち上がりかけた足を戻して、急かさないように気をつけて優しく聞いた。
すると、芙実は意外なことを言った。
「…はじめてじゃ、ないよ?」
「ごめん、芙実。なにがかな?」
躊躇いがちに、芙実が続ける。
「由里ちゃんと会ったの、はじめてじゃない…。」
「え?芙実は会ったことあるの?」
僕の真似をしてか、芙実が『由里ちゃん』と言ったことと、その内容とで二重に驚かされる。
意外な接点があるのかも知れないと、芙実の言葉を待った。
すると……。
「公園でお兄ちゃんに遊んでもらった時に、ボール拾ってもらったよ?その時、お兄ちゃんもありがとうしてた…。」
「——あっ!あの時の……。」
芙実がボールを拾ってもらったというのを聞いて、僕も思い出した。
「あれから、たまに来てた人だよ…。ずっとこっち見てたから、覚えてるの。」
「由里ちゃんが……。」
確か公園で会った時は髪型がロングだったから、さっぱり分からなかった。
でもそう言われると、あれは由里ちゃんだと思えてきて、別の日にもそれらしき人が来ていたのもなんとなく覚えがある。
「それで、芙実は由里ちゃんが怖かったの?」
「……うん。」
なるほど、芙実が予想以上に由里ちゃんに懐かなかったのはこのせいか。
僕も由里ちゃんに聞きたいことが出来たので、立ち上がって芙実の手を取った。
「行こう、芙実。お兄ちゃんが由里ちゃんに聞いてあげるから、そしたら芙実も由里ちゃんは怖くないってきっとわかるよ。」
「……うん。」
泣いていたあの人が本当に由里ちゃんなのか、確認したくて急いでリビングに戻った。
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