第10話「和解」
「…武庫くん、昨日は私の思い込みで酷い事言って、本当にごめんなさい。」
由里ちゃんと塚口さんが喧嘩した次の日の昼休み、由里ちゃんは塚口さんを音楽準備室に連れて来た。
昨日とは変わって高圧的な態度も取らず、素直に頭を下げる塚口さんに、由里ちゃんが頑張って誤解を解いてくれたのだとわかる。
「ううん、気にしないで。僕もちゃんと説明出来なくて、ごめんなさい。」
「…それは時間がなかったし、放課後も用事があったんでしょ?」
遠回しにだが、塚口さんか僕に瑕疵(かし)がないように捉えている事を伝えてくれる。
「ありがとう。でも、その分由里ちゃんはすごく頑張ってくれたみたいだから。…由里ちゃんも、ありがとうね。」
「……うん。」
僕に褒められて、少しだけ嬉しそうにする由里ちゃん。
それを見て、塚口さんが少しだけ羨ましそうに眉を顰(ひそ)める。
「誤解は解けたけど、武庫くんがどういう人かはまだわかってないから…。もし、由里を泣かせるような事したら、今度こそ許さないわ!」
「う、うん。わかったよ。」
あれ、なんか一転して攻撃されてるんだけど…?
ただ、言っていることはもっともなので、頷いておいた。
わだかまりは解けて、『じゃあ、さよなら』とはならないので、塚口さんの分の椅子を出して今日は3人で話す。
「この教室、勝手に使ってるんでしょ?大丈夫なの?」
「ううん、一応許可は取ってあるよ。」
由里ちゃんをはじめて連れて来た時と、同じ心配をする塚口さん。
あの時は急だったので勝手に使ったが、今は音楽教師にちゃんと話はしてある。
「ふーん、こんな密会で教室を使う許可ね…。」
目を細めて、僕を観察するような様子で塚口さんが言う。
「悪いことはしてないよ?ただ、先生とは入学前からちょっと知り合いで…。」
「そうなの。親戚か何か?」
明らかに探りを入れてくる、塚口さん。
その疑いの眼差しに僕はタジタジだった。
「違うんだけど…、姉さんの旦那さんと先生が友達なんだよ。だから、結婚式で会ってお酒を飲まされそうになったから僕は覚えてて。その話をしたら、先生も僕の事を覚えててくれたみたいで、それから気にかけてくれてるんだ。」
「あぁ、そういう…。未成年に飲酒させようとしたネタで脅したのね。」
「違うから!普通に仲良くしてるだけだよ!」
「冗談よ。」
音楽教師は生徒と距離が近い先生で、僕にも友達感覚で接してくる。
許可を貰いに行った時は『エロいことはすんなよ』と、散々からかわれもした。
それにしても、塚口さんは僕を悪い人間にしがちだなぁ…。
そうして塚口さんと話して、そっちに気を取られていると、由里ちゃんが僕の隣に椅子を寄せて来た。
「あっ!!」
「へ?ゆ、由里ちゃん、どうしたの?」
「……。」
真横で僕の左手を握り、ムッとした表情で見上げてくる由里ちゃん。
塚口さんが驚いた声を出したが、由里ちゃんは無視してさらに身体を寄せた。
「……深月、陽葵(ひまり)とばっかり。」
「ご、ごめん。由里ちゃんを忘れてたわけじゃなくて…。」
「そうよ!それに来るなら私の方に…。」
手を広げて由里ちゃんを迎え入れようとする塚口さんの方には目も向けず、由里ちゃんは僕の腕に絡み付いた。
え、あの…、この体勢だと当たってるんですが……。
腕が由里ちゃんの柔らかさに包まれ、甘い匂いが鼻をくすぐる。
「ゆ、由里、ダメよ!」
それを見て、塚口さんは慌てて僕達を引き剥がした。
「…ダメじゃない。」
邪魔をされて、不服そうに塚口さんを見る由里ちゃん。
「由里、女の子がそんな簡単に男の人にくっ付いたらダメなの。襲われたり、勘違いされて付き纏われたらどうするの。」
僕も今回は塚口さん側なので、うんうんと頷く。
「…深月にしか、しない。」
「それでもよ!」
「……深月になら、どっちをされてもいいのに?」
「なっ!?」
当然の事実のように、淡々と言う由里ちゃんに、塚口さんがショックを受けている。
勝ったと思ったのか、再び僕にくっ付こうとした由里ちゃんを今度は僕が止めた。
「ストップ、ちょっと待って由里ちゃん。」
「……なんで?」
僕にも止められて、由里ちゃんが悲しそうな表情で僕を見上げる。
「深月、嫌だった…?」
「そんなことないよ。でもね、この間お泊まりの話をした時のこと、覚えてる?その時に言った、超えちゃいけないラインだと思うんだ。」
「……ん。」
ちょっと納得いってない様子の由里ちゃん。
それがダメなのも、僕がちゃんと応えてあげられてないからなので、心の中に罪悪感が湧く。
すると、その僕の表情を見て由里ちゃんはハッとした反応をした。
「わかった。……深月、焦らなくていいから。」
「え?あっ…、ありがとう。」
この間から由里ちゃんの気遣いが、嬉しいような情けないような…。
ともかく、今は塚口さんもいるし引いてくれた事に安堵した。
「由里ちゃん、やっぱり昼休みに会う曜日を決めない?」
「……?」
昼休みも残り少なくなってきたので、僕は前々から考えていた提案を由里ちゃんに話した。
「許可を取ってるとはいえ、塚口さんが言ってたように、やっぱり毎日ここで会うのはお互いに良くないと思うんだ。塚口さんだって、他のお友達だって由里ちゃんと過ごしたがってると思うよ。」
「そうね!それには賛成だわ。」
「……。」
僕の考えに、今度は塚口さんが賛同してくれる。
ただ、由里ちゃんは何も言わない。
「あっ、えっと、由里ちゃんと過ごす時間を減らしたいわけじゃないんだ。でもね、僕は他の人と過ごす時間も、由里ちゃんにとって大事なんだと思ってる。それを全部、僕が貰っちゃうのは、いけないよね。」
「……わからない。私は、もっと深月といたい。」
僕の言い分がわからないと、由里ちゃんは首を振る。
「好きな人を、全部において優先しなきゃいけないなんて事はないんだよ?好きな人とずっと一緒にいたいって思うのは素敵な感情だけど、例えば部活とか仕事とか、心の中の優先順位が下の事情を優先しないといけない時もきっとある。」
「……それの、練習?」
「練習って言うよりは、僕以外と過ごす学校生活も捨てないで欲しい。その中にはきっと、僕といるだけじゃ見つけられない、大切な事があるはずだから。」
「……。」
「へぇ…。」
由里ちゃんを諭す僕を見て、塚口さんが感心するような声を漏らした。
でも、由里ちゃんはその『大切な事』が曖昧なせいか納得しきれないようだ。
僕にそれを教える事はできない。
きっと、それぞれが見つけていくものだから。
「…ごめん、急すぎたね。ただ由里ちゃんに時間が必要になった時は、遠慮しないで言ってね。」
「……わかった。」
そんなことがあるのだろうか、と半信半疑な様子で由里ちゃんは頷いた。
「…それじゃ、何も変わらないわ。」
そこで、塚口さんが入ってくる。
けれど、無理矢理納得させることには反対だ。
そう思って口を開くが…。
「塚口さん、あんまり急がせると由里ちゃんが……。」
「大丈夫、わかってるわ。」
塚口さんは、自信満々に僕の言葉を止めた。
「由里はここに来たいんでしょ?私も、もう無理にそれは止めない。だから、私も昼休みはここで過ごすことにするから!」
「えっ!?」
「……。」
それを聞いて僕は驚きの声をあげ、何故か由里ちゃんの目は細められた。
「それだと、私も由里といられるしね。」
「……深月は、あげない。」
「そっちじゃないわよ!?」
なんだか、塚口さんは由里ちゃんにいらない警戒心を与えてしまったみたいだ。
「わ、私は武庫くんじゃなくて由里と話したくてここに来るのよ?……え?そりゃ武庫くんとも少しは話すでしょうけど、でも……。」
しばらく、由里ちゃんの誤解を解くのに四苦八苦することになる塚口さんだった。
「はぁ、由里ったらこんなに強情だったなんて……。」
「はは、お疲れ様。」
「笑い事じゃないわよ。」
由里ちゃんはどうでもいい事はアッサリ譲るが、たまにある譲れない部分についてはとことん引かない。
それでも、何とか由里ちゃんと過ごしたい気持ちを理解してもらった塚口さんは、週2、3回くらいのペースで参加することで落ち着いた。
「……あなたは、良かったの?」
椅子を片付けながら、反応を窺うように僕に尋ねる塚口さん。
「うん、もちろん。むしろ塚口さんが来てくれるのは、僕も歓迎だよ。由里ちゃんに塚口さんみたいな友達がいてくれると安心だから、ずっと仲良くしてあげて欲しいな。」
僕が言った言葉に、塚口さんは微妙そうな顔をする。
「あなたって……。」
「うん?なに、塚口さん?」
「何でもないわ。」
聞きそびれた塚口さんの言葉を尋ねるが、なんだかはぐらかされてしまう。
「それより、たまにここで会うようになるんだから『塚口さん』ってやめない?陽葵でいいわよ。」
「そう?なら、僕も深月でいいよ。」
「えぇ、わかったわ。」
それじゃ、と陽葵ちゃんが手を差し出して握手を求める。
「よろしくね?深月くん。」
「うん、よろしく。陽葵ちゃん。」
軽く握手する僕らを、ジーっと見つめる存在がいた。
「………深月、陽葵。やっぱり浮気。」
「ゆ、由里!」
「由里ちゃん、違うよ!?」
それから、再び由里ちゃんの誤解を解くのに時間が掛かり、僕達は走って教室に戻るハメになった。
僕が塚口さんを『陽葵ちゃん』と呼ぶのは気に入らなかったようで、今度から『陽葵さん』と呼ぶことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます