第2話 甘い甘い、毒をあなたに。《叶》
出会ったとき、一瞬でわかった。あぁ、この
突然世界から放り出されて、何もかも真っ白になって、全部投げ出してしまいたいくらいなんだろうなって――――だって、わたしもそうだったから。
自分でシているところを見られて、何をされてもよかった。めちゃくちゃにされても、ボロボロにされても、ゴミみたいにその辺りに捨てられてしまっても、もう、どうでもよかった。
だって、初めても、心も、お金も、物も、尊厳も、自由も、身体も、全部全部全部全部全部全部全部全部捧げたはずの人にあっさり捨てられて、遺されていたのはもう妊娠できなくされて、外を歩けないようなくらい顔を広められて、そのうえ髪の毛1本に至るまで薬漬けにされて、たぶんこの先、一生まともになんてなれないような、『人だったモノ』に過ぎないのだから。
薬の禁断症状に怯えながら暮らすのも嫌だったし、無理やり押さえつけられて中に出されたり、妊娠したら面倒だからってお腹を執拗に蹴られたり、勝手に薬を吸わされたりした記憶が突然蘇るのも、もう嫌だった。わたしの動画を見たという人からお金を取られたり、身体を好き放題されたり、もう散々だった。
お腹で何かが破裂したような痛みも、それにも構わず弄ばれるのも、逆らうなって殴られるのも、気分次第で身体にタバコを押し当てられるのも、首絞められて反応を笑われるのも、全部終わりになったはずなのに、ずっと忘れられない、身体が覚えてる、覚えてるなら忘れたい、頭真っ白にして、仮に誰にも見つからなかったらそこの窓から飛び降りてしまおう――そう思いながら、ひとりでシていた。
そこに現れたのが彼女――
『もしかして、一緒にシたいの?』
お願いだから、一緒にいて。
同じなんだから、わたしといて。
頷いてくれた美空は、わたしを生かしてくれた天使のような存在だった。
* * * * * * *
今日も、美空は帰ってくる。半泣きになりながら、口許を押さえて、わたしのところにまっすぐ帰ってくる。
顎を押さえているところを見ると、思わず同情してしまう。外れそうになるときあるよね、乱暴にされて
けど、それが全部わたしの為だと思うと、とても気持ちよくなる。大好きでかけがえのない、わたしの世界みたいな人が、わたしなんかの為に自分を汚しているんだと思うと、すごく気持ちいい。
美空はたぶん知らない、美空が必死になって稼いでくれたお金のほとんどが、わたしの薬代に消えていることなんて。売人たちは足下を見てくるし、わたしの身体にも耐性がついてしまうから、最初は美空の勤めていた喫茶店のお給料でも足りていたはずなのに、いつの間にか今みたいな仕事をしてもらってもギリギリになってしまうくらいになっていた。
きっといずれ保てなくなってしまうような“今”に、わたしたちはしがみついている。その危うさは、もうほとんど働かなくなった頭でもわかっている。わかっているけど、きっと禁断症状に冒されるわたしを見てしまったら、きっと美空でも怖がってしまう、離れてしまう。それは、たとえ美空を踏みにじることになったとしても、嫌だった。
だから、美空以外触れないところにも薬を付けて、それを舐めた美空と一緒に依存することにした。美空はきっと今日も、ご褒美を求める。当たり前だ、耐性がついてしまっているわたしと違って、美空は薬なんて全然知らなかったはずなのに……ごめん、ごめんね、美空。
泣きたくなるほど辛いのに、胸が甘く溶けそうになるほど嬉しいよ、美空。天使みたいなあなたを、わたしとおんなじところまで堕とせたのが気持ちいいの、ごめん、ありがとう、だいすき。
犬みたいに荒い息遣いでわたしに近寄ってくる美空に、わたしは舞い上がる気持ちのまま、言葉を投げつける。
「美空、今日もお疲れさま。いっぱい頑張ったのね、すっごく……臭ぁい」
美空の口からは、美空からしないはずの臭いがしている。なんでそんなことになっているのかなんて、わたしが1番知ってて恥じなくてはいけないことなのに、少し傷付いたような顔に、
我慢なんて、できるはずもなかった。
心じゃなくて身体が叫ぶ、彼女を受け入れろと叫ぶ、昂って、火照って、苦しくて、もう何も考えられない。疼きに急かされるように、わたしは囁く。
「ご褒美、舐める?」
その言葉を待ちわびていたと言うように、美空がわたしに身を埋めた。
ぴちゃぴちゃという水音と、身体にじんじん広がっていく高揚感、痺れにも似た快感は、ただ気持ちいいから? それとも最愛の人を堕落させているから?
たっぷり味わって?
あなたのこと、わたしはずっと愛しているから。ずっと虐げて、搾取して、それで最後は一緒に朽ちるの。
あなたがいない日々なんて、考えられない。
ボロボロに焼き切れた頭でも、それだけははっきりとわかった。
甘い、甘い、ギフト 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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