甘い、甘い、ギフト
遊月奈喩多
第1話 心を込めた、贈り物 《美空》
「ミサちゃんってさ、いつも本当に好きな人にするみたいにしてくれるよね、ボク嬉しいよ」
「えぇ、そうですかぁ?」
私はあんたのことなんか覚えてないんだけど……内心で出てきた声をどうにか抑えながら、さんざんビクビクと跳ねていた、脂ぎった身体をシャワーで流し続ける。脂肪に口の中まで包まれたような気持ち悪い笑い声と、なんだか勝手に感じたような気持ち悪い呻き声を上げる彼を適当に気持ちよくしながら、「わぁ、まだすっごい元気ですねぇ~」と笑っておくことにした。
おいしそうにしてたから、なんて気持ちの悪い言い訳をしながら勝手に口の中に出されたからベタベタして気持ち悪いし、うがいした後も喉に絡まってヒリヒリする。
こんな思いをしても頑張れるのは、帰れば彼女が待っているからだ。
彼女の為なら、私はどんなことでもできる。最初は抵抗のあった仕事も、それが彼女を支えるための努力なんだと思えば、苦しくない。どんなに延長されたって、1回終わらせてしまえばそれっきり何もしなくていいんだから、その1回の間だけ、彼女のことを考えて耐えていれば……平気だ。
待っててね、
* * * * * * *
私の恋愛対象が女の子だと気付いたのは、高校のとき。仲のよかった友達が彼氏と初めてシたという話を聞いたときだった。そんな気なんてなかったのに無理やり押さえつけられて、必死に抵抗しても体格差でどうにもならなくて、その日のデートに向けてちょっと無理して買った服もボロ切れみたいに剥ぎ取られて……。
泣きながらそう話してきた彼女を見ているうちに、思ったんだ――私だったら、そんな風に泣かせないのに、って。
それで気付いたらキスしていて。
そのあとの反応は散々なものだった。
最低、気持ち悪い、友達だと思ってたのに、なんていうのはまだ生易しいもので、他にも、もう耳を塞ぎたくなるような、思い出すことすら怖くて、どうしてそんな愛らしい口からそんな言葉が出てくるのだろうと思ってしまうような罵詈雑言と共に、私は友達と初恋の人を失った。
今なら、冷静に振り返れる。
けど、そのときは彼女からそんなことを言われたのがショックで、だけど彼女がそこまで強い感情を向けてくれたことにどこか興奮していて、そんな自分がとにかく気持ち悪くて。
きっと、私は生きていてはいけないんだ、そう思った。校舎の屋上には鉤がかかっているから出られない、だから屋上の次に高い場所――図書室の窓から飛び降りようと思った。
できれば気を失って、そのまま誰にも見つけてもらえなくてこの世からいなくなってしまいたい、その一心で、あの日の私は歩いていた。
静かな廊下を歩いて、誰もいないと思って入った図書室で出会った天使は、年齢よりも幼く見える顔を赤く染めながら、自分を慰めていた。
『なに?』
何も言えず呆然と見つめている私に、彼女はまるで睦事の邪魔をされて不機嫌な女王のように問い掛けてきた。それで答えに困ったのは私だった。
別に何も思っていなかった。
止めるなんてとんでもない、むしろ……。
『もしかして、』
もし、あの日のキスを受け入れられていたら、私の
『一緒にシたいの?』
その甘くて恐ろしい誘いを拒むことなんて、できるはずもなかった。蜜のような液でベタベタになった彼女の指を、なんの抵抗もなく舐めて。
その少ししょっぱくて、むわっとする蜜を知ったあの日から、私はもう戻れなくなっていた。
* * * * * * *
「おかえり、
「叶……っ!」
部屋のドアを開けた途端、耳をくすぐるような声が私を迎えてくれて。たまらず抱きついた細い身体が、逃がさないとでも言いたげに私を抱き締め返した。
「美空、今日もお疲れさま。いっぱい頑張ったんだね、すっごく……臭ぁい」
酷いことを言われているのはわかってる。
私は彼女のために好きでもないことをしている、好きでもない人に媚びて、好きでもないものを口に入れて、それをこんな風に嗤われるなんて、きっと他の人にされたら耐えられない。
でも、それすらも許せてしまう。
どうして? それはわからない、だけど、彼女に見捨てられてしまうくらいなら、私はいくらでもこの心を犠牲にできる。身体だって汚せる。
あの日、私を肯定して、それまで知らなかったことをたくさん教えてくれた彼女は、もう今となっては私の世界そのものだったから。
「ご褒美、舐める?」
「………………、」
喉が熱い、息がしづらくて、頭にもやがかかったよう。もう、開かれた彼女の脚の間にしか目がいかなくて……。
「んっ……ふふふ、たっぷり味わって? あなたのこと、わたしはずっと……ん、ふっ――――」
「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁ……っ、」
叶が何かを言っているのが聞こえたけれど、もう何もわからない。私はきっと、もう彼女から貰えるこの愛から、逃げられない。
それだけは、わかった。
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