第2話 竜の餌
話を纏めるとこうだ。
遥か昔、かつて世界を滅ぼしかけた魔人がいた。
そいつは神々の手によって、このファーレン王国の遥か地下に封印されたそうだ。
だが近年この王国に異変が続き、強力な力を持つ予言者に占ってもらった所、経年劣化によって封印が弱まり、魔人の復活がもう間近に迫っている事が判明した。
このまま魔人が復活すれば、世界は大変な事になってしまう。
だが手を打とうにも、封印から長い年月邪悪な力が漏れ出た結果、魔人の元へと通じるダンジョンは強力な魔物の巣食と化してしまっている。
とてもではないがこの世界の人間の力ではそこまで辿り着く事は叶わず、そこで事態を打開する為に呼び出されたのが俺達という訳だ。
異世界から召喚された者は、この世界の人間より遥かに強力な職業とスキルを与えられる。
その力で世界を救って欲しいと、女王は言う。
「どうぞ皆様のお力をお貸しください」
女王であるアイリーンが深々と頭を下げた。
それに続いて兵士達も頭を下げる。
「わかった!いいぜ!」
明神が何も考えず、快諾の返事を返す。
最高に頭の悪い行動としか思えない。
だがそれを、馬鹿げた行動と笑う気にはなれなかった。
普通に考えれば、例え相手側に大きな事情があったとしても、勝手に呼び出された挙句命がけの危険な行為を頼まれて快諾する様な人間は少ないだろう。
冗談じゃない、ふざけるなと返すのが普通だ。
だが何故だろうか?
彼女達に頭を下げられると、どうにも断れない気分になってしまう。
俺はいつからそんな善人になった?
そんな疑問が頭を過る。
別に自分が悪人だとは考えてはいないが、誰かの為に命がけで戦う様な勇気や男気等は少なくとも持ち合わせてはいない。
それなのに、今俺は彼女達の力になってあげたいと考えている。
何かがおかしいと感じるが、それが何かを上手く説明できそうになかった。
「俺も」「私も」とクラスメイト達は口々に女王の願いにオーケーの返事を返していく。
当然、その中に俺の声も混ざる。
「皆様、ありがとうございます。皆様へのお優しさにこのアイリーン、感謝の言葉もございません」
「へへっ。魔人だろうが何だろうが、俺達がぶっ飛ばしてやるぜ!」
「まあ、頼もしいですわ明神様。ですが、お一人だけ戦う力をお持ちでない方がいらっしゃいます」
そう言うとアイリーンは此方を見た。
ひょっとして、俺の職業が村人だと気づいているのだろうか。
「滝谷様のキューブは茶色の物でした。それは非戦闘員を示す色です」
彼女は俺の名をハッキリと呼ぶ。
名乗った覚えはないのだが、何で知っているんだろう?
まあそんな事はどうでもいい。
「確かに俺の職業は村人ですが――」
「ぶはっ!お前村人かよっ!?」
スキルに強力な物がある。
そう続けようとしたら、明神の馬鹿笑いに遮られてしまう。
釣られる様に、周りの奴らもクスクスと失笑しだした。
人の言葉は最後まで聞けよ。
何でこんな異世界くんだりまで来て、クラスメート達に笑われなければならないんだ。
腹が立つ。
「皆様。人には向き不向きが御座います。笑ってはいけませんわ」
そうアイリーンさんが言ってくれて、やっと周囲の笑いが納まった。
良い人だ。
「滝谷様。力のない貴方の命を危険に晒すわけには御座いません」
「あ、いや。力なら――」
「良いのです。私達のために戦おうとしてくれるその気持ちだけで充分ですわ。御心配せずとも、滝谷様はこの私が責任を持って元居た世界に送り届けさせて頂きます」
また言葉を遮られてしまった。
スキルは強力な物があるというのに……だがまあ元の世界に帰れるようだし、アイリーンさんがいいと言ってるなら、別にいいかという気持ちになってきた。
「私は滝谷様をお送りしますので、その間、皆さまは講習の方をお受け頂くようお願いします」
「さ、こちらへ」と言われ。
来たのとは別の通路に連れていかれる。
「後は任せな村人!」
背後から明神の茶化す声、それと周囲の人間の笑い声が聞こえて来る。
これだから不良は嫌いだ。
長い通路を抜けると、小さな部屋に突き当たる。
その部屋の鍵をアイリーンさんが開け、中へと入った。
「これは?」
その中には、万華鏡の様な光を放つ球体が一つ置かれていた。
「転移ゲートよ」
転移ゲート。
名前からして、これを通って元の世界に帰るのだろう。
「うぐっ!?」
急に腹部に痛みが走る。
見ると、アイリーンさんの爪先が俺の腹に突きこまれていた。
「ぐぅ……な……何を……」
痛みに息が詰まり蹲る。
今のは遊び半分ではなく、明らかに本気のキックだった。
「あんたみたいなハズレが混ざってるなんて、最悪よ。全く」
彼女を見ると、先程迄の笑顔が嘘の様に冷たい表情で俺を見下ろしていた。
「全く。36人も呼び出して27人も変異に耐えらず死んだ上に、生き残った内の1人もゴミだなんて!」
「ぐわっ!?」
彼女が蹲る俺の肩を蹴り飛ばす。
手加減なく蹴られたため、俺はその場で横倒しになってしまった。
「う……く。今……死んだって?」
「ふん。あんたたちはこの世界に召喚されるさい、体がこの世界用に作り替えられるのよ。弱い奴はそれに耐えられず死んでしまうって訳」
「そんな……」
その言葉を聞いて俺はショックを受ける。
クラスの中に友達がいたわけではないが、同世代の人間が大量に死んだと聞かされて、平静でいられる程俺も無常な人間ではない。
「安心しなさい。あんたも直ぐに同じ所に連れて行ってあげるから」
「何を……」
「あんた達を呼び出すのには、異界竜の力を借りてるのよ。その為にこの国の人間を1000人も生贄に捧げてるの。いい!1000人もよ!それなのにあんたって来たら!この役立たず!!」
アイリーンは興奮して叫び。
倒れていた俺の髪を掴んで引きずっていく。
ゲートに向かって。
「うぁぁ……」
痛みに呻く。
俺は彼女の手を握って何とか外そうとするが、信じられない怪力で髪が掴まれておりびくともしない。
「この先は異界竜の住処に繋がってるの。そこで餌になって来なさい。そうすれば次の召喚が必要になった際、生贄の数が1人少なくて済むわ」
「や、やめろ!やめてくれ!!」
懇願の言葉にアイリーンは耳を貸さず。
そのまま引きずられた俺は、最後はその怪力でゲートの中へと放り込まれてしまっ
た。
「うわぁ!!」
視界に閃光が走る。
だがそれは一瞬の事で、直ぐに俺の視界は薄暗い洞窟を映し出した。
完全な暗闇ではないため全く見えない事はないが、遠くまでは見通せそうにない。
「いつつ。くそ、滅茶苦茶しやがって。あのおんな――っ!?」
思わず息を飲む。
気付いたからだ。
岩壁だと思っていた物が動き、人間程もある大きな目玉が俺を見つめている事に。
そこには――強大な竜がいた。
「異界竜……」
竜に睨まれた俺は、蛇に睨まれた蛙の様に動けず。
ただその名を呟いた。
そして確信する。
俺は此処で死ぬのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます