拘束された暗殺者たちは、皆表情を殺し、お互いも含め誰の視線も拒む。

「数倉は、どこへ」

 綾川が、負傷者の手当てをする菫に聞く。

「龍右が追っている」

「ならば、私も」

「待ちな。影灯えいとうさん」

「あんたも、肩やられたでしょう。無理はさせない」

 綾川は一瞬目を閉じ、数度首を縦に振った。そして離れかけた菫のそばへと、歩む。


 細心の注意を払い、人気の少ない所で対処したとはいえ、完全に無音とは言えない。それを忘れて全力疾走した罪悪感もあり、日向は宿泊客の鎮静化を手伝った。

「申し訳ございません。このようなことになってしまい」

「お主らのせいではなかろう。そういう宿命なのだ。きっとな」

「詫びと言っては、なんですが」

 布に丁寧に包まれた何を、日向は手に取った。そしてゆっくりと開ける。

小能筆このうふでか。こんな高いものを」

「いえ、扇様でしたら」

 丁寧に置き、再び包み直す。

「今日はもうよく眠れる」

 宿の主人は去り、日向は行燈の火を消した。本来の静寂に満ちた夜の中、日向は眠りについた。


 男は必死に走る。理由は生きるためだ。宿から少し離れた林に逃げ込んだ男は、木にもたれ、呼吸するので精一杯だった。


 と、足音に気づく。逃げきれていなかった。男の足の速さでは、振り切れない。

「その風体ではな、数倉元乃進」

「待て。待ってくれ、頼む。塩埜と話し合わせてくれ。まだ、まだ」

青滝せいろう会ではない。やくざ共など、どうでもいい」

 数倉の顔は引きつり青ざめ、脂汗で顔が覆われる。

「喜三朗、お前まさか」

「忍崩れも騙す演技力。中々だろう」

 喜三朗は肩の蛇が絡み合う刺青を、数倉に見せる。


 刺青を見せ終わると、喜三朗は刀を振り下ろした。


 騒々しい夜が明け、清らかな日差しで目を覚ます。寝巻から着物に着替え、日向は部屋を出る。

 すると綾川がいた。いかにも寝不足という合図を出しっぱなしで、日向に気づく。

「ああ、扇さん。昨夜はどうも」

「夜通しか」

「口が堅くてね」

「そういえば数倉は」

「それなんですけどね」

 綾川は目に力を入れ、日向の目を見る。

「見つかりませんでした」

「青滝会か鹿頭組かずぐみか」

「あるいは」

 綾川は意図的に言葉を止め、口を不自然に動かす。

「あるいは、夜叉残党かも」

 日向はため息をし、思わず拳を握る。

「それはない。あの時で終わった。終わったはずだ」

 日向はそれ以上何も言うことはなく、綾川はただ、日向の背中を見つめていた。


 笠をかぶり、日向は出発の準備を万全にした。

「客足が心配だな」

「それでも、誠心誠意もてなすだけです」

「筆の恩もある。己の運の悪さはどうしようもないが、それ以外なら協力は惜しまん」

「誠にありがとうございます」


 日向は、宿も宿の主人も振り返ることはなく宿を発った。少し離れた、別の湯治場へ向かっていることは、本人以外は知る由もない。

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竜邦録 騒夜篇 堂壱舎 @donoichisha

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