八
階段で昇ると、ほとんど誰の気配もない廊下と部屋の入口が奥まで、続く。一定間隔で置かれた灯りは、闇の中の光というより、闇に紛れる光に見える。その明るさは決して人に希望を与える気は感じない。
「少ないですね、
「あんま音立てんなよ」
菫は同行者に下がれの合図を手で出し、赤竹の間と書かれた一室の戸に手をかける。そして一気に開く。
しかし中には人はいなく、行灯も消えている。
押し入れからの僅かな、服の擦れる音を拾った菫は、抜刀の体勢に入る。僅かに顔を出す刀。音を無くし、着実に標的に向かう。戸の角の凹凸部分に足の親指を乗せ、そのまま足で開く。
床に落ちたのは血まみれの若い男。
それに続いたのは、別の男。
隙を生むには十分な材料だ。菫の反応は遅れ、短剣が肩に刺さる。だが男にとっても、それは最良の結末ではなかった。いかに反応が遅れたとは言え心臓を貫けなかったのだから。
居合の速さは、男の反応を上回った。腹に横一線。そこから湧き出る血。崩れる男の顔は、驚きで固まったままだった。
「駿二、早く入れ」
「さすが」
「いいから早く運ぶぞ。幸三と
さすがに池までとなると、薄明りでもない。しかも人気がない場所。建物からの光は通るが、逆に言えば灯りはほぼそれだけだ。
月も隠れた今、唯一綾川が持つ提灯だけが、違う光だ。
「ではお二人とも尋常に」
綾川は白川、日向の順に顔を見る。
抜刀し、構える両者。流派の違いだろう、その構えは違う。
「真剣試合などと。律儀も過ぎるぞ」
「その性分で、苦労してきたものだ。それに貴女こそ、わざわざ笠とは」
「気持ちはわからぬでもない。が、それでもな」
「剣豪、扇日向。その首貰うなら、やはり決闘。それも証人付きでだ」
振り下ろされた白川の刀を、日向は受け止め、そして払った。白川は体勢を乱され、池と陸の
再び向かい合う。日向は白川に迫り、白川は間合いを取ろうと、さらに池に向かう。そしてついに、左足が水面を貫く。
その素早い突きを、白川は叩き落とすように払いのける。そして今度は、日向が体勢を崩し、池の中で止まる。片膝をつく形となった日向は、左手の甲の傷に気づく。切っ先が当たっていたか。
攻守の交代となり、白川は濡れた日向の頭を狙う。向き直った日向はそれを受けて立ち、振り下ろされた刀は折られ飛んでいき、夜の池へと沈んでいった。
そして日向は、素早く深い袈裟斬りを白川に施し、白川は池に浸った。
綾川は瞬きをせず、ただまっすぐ日向を見ている。
「お見事」
「所詮、ただの殺し合いだ。見事も何もない」
日向は血と脂を拭き取り、刀を収めた。そして暗い水に浸かる白川に、手を合わせた。
「綾川殿、後は」
綾川は頷いた。
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