七
女は、痛みに気付く。血肉を貫かれる感覚。思わず、力が緩む。今度は胴への衝撃。そして壁に激突する衝撃。
蹴った男は刀を取り戻し、また斬りかかる。女も応戦するが、脇腹を斬られ、床に転がる。
息はあるが、とても足りているとは言えない。
「免れなかったな」
「いえ、まだ」
女は有り余る冷や汗の手で、小瓶を口に運ぼうとする。
しかしそれは、開いた戸の音で、未遂となる。
応援の役人たちが、女を捕らえる。小瓶の液は床に染みていく。
「毒か。どこでこんなもの」
「親分だろうよ」
疲れ切り、壁にもたれて座っている男に、蝋燭の灯りが当てられる。
「あんたがこの女を」
「謝礼金なら、小判一枚でいい」
「何を馬鹿な。一登など出すわけがないだろう。それとも東雲気取りか」
「いつの時代も、お上はけち臭いねぇ。政も金回りも」
まるで渋柿でも噛んだような顔をした役人は、そのまま何も言わずに男に背を向けた。
木に当たる金属の音。しかも複数。火の灯りが銀色のそれに反射している。
見開いた目で、男はそれらを見つめる。そしてゆっくりと腕を伸ばす。紛れもない。
「銀五枚」
「最近、物を落とす癖がひどくてな」
「そいつは直さないほうがいい」
体勢を崩し、その五枚を拾う男を、役人は己の肩越しにちらりと望む。
「ちょっと、
「言いたいことははっきり言えよ、佐平次」
「いいんですか。あんなことして」
「人を大罪人みたいに言うなよ」
「大月様にまた怒られますよ」
「大月
龍右は部下に口止めを命じて、自らも現場の整理に参加した。
案内人の背中に、薄っすらと光が当たり、その着物の模様が浮かぶ。
「ほう。頭巾を被った」
「ええ。三日ほどお泊りに」
「ぼろぼろの着物だっただろう」
「え、どうして」
「知っている風貌ゆえ」
「噂では落ち遊女と」
「遊女だろうと武家の女だろうと、剣を振るえば同じこと」
「それより、ここだったか」
「それではごゆっくり」
日向は気配を飲み込んだ。部屋の中からの何かだ。
「とも、いかぬようだ。下がれ、
ゆっくりと、戸が開く。その隙間からの灯りが照らすのは、一通の文だった。動じず騒がず、ゆっくりと瞼を開き、日向はそれ見つめる。
「文ですか、それ」
「いやに気を放つものだ。どれ」
「拙者、白山可了と申す。
日向のぼそぼそとした語りが、部屋中に響く。
「ちょっと、真剣試合って。うちでやるおつもりで」
「だが香枝よ、こうなってしまってはな。武士たるもの、引くわけにもいかんだろう」
「今日の今日でそれは」
「案ずるな。騒ぎにはせん」
「いや、そういうことでは」
「見届け人は綾川殿に」
日向は部屋を出て、宿の玄関へ向かおうとした。しかしそれを、香枝に止められる。
「あっちですよ」
「そうだったか。複雑な間取りだな」
「日向さんにはね」
香枝の後ろ姿を頼りに、池での決闘への道を、日向は歩む。
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