中は空っぽだった。部屋の外から漏れ出す灯りが、ぎりぎり部屋を灯す。だがそれが余計に、中の暗さを際立たせる。

「無駄足か」

「そのようですな」

「潜んでいても、驚きで僅かに音を生むかとも考えたが」

 日向は神経を研ぎ澄まし、集中して部屋の中の気配を探ったが、らしきものは何もない。

「気配なしか」


 それよりも綾川の視線が気になり、我慢していたが、思わず振り向く。純真無垢な尊敬の眼差しだ。

「いやそれにしても、扇さん。刀無しで先陣切るとは、天晴れ」

「あ、ああ、そうだ。剣とは気」

「気概で打ち負けてはいけない。たとえ刀なくとも、敵と相対する覚悟。それが真の剣の道だ」

 日向はそこで、己の大失態を知ることとなった。たいそうな出任せもおまけされたからには、冷えた視線も堪えるというもの。皆、氷のような空気を醸し出している。ただ一人、綾川を除いて。


 日向は咳払いすると、今後の方針を述べる。

「四人組。この意味するところ、少なくとも標的は四人」

「つまり全て手練れ、と」

「最低でも、十人は始末してきただろうな。迅速だ」

「綾川殿、ここからは分かれよう」

「標的の見当も付いている。最善かと」

 侍たちは四つに班分けされ、それぞれ違う方向に散った。さらに応援も呼ぶらしく、伝令係らしき一人が、走り去る。


 硝子に囲まれた火が煌めく。そして、男の顔を照らす。

「申し訳ありません。数倉様」

「構わんよ、喜乃よしの。まだ機運はある」

「扇日向と同じ日、同じ宿とは。何たる強運」

「かの剣豪の首あらば、奴らも黙ろう」

 男は、静かに長く息を吐く。

「しかし騒がせ過ぎたな、護郎」

「返す言葉もありません。次こそは」

「頼んだぞ」

 四人は音を消し立ち上がり、またもや音を消し、部屋を去った。痕跡は、外から入った灯りだけだった。


 数倉は昨日、趣味で買ったばかりの、好浜焼こうひんやきの壷を磨いている。磨かれた部分に火から放たれる光が当たり、より艶を出す。

「もしもの時は、頼みますよ」

「この白山可了しらやまかりょう、見事果たしてみせましょう」

 剣客は刀を持ち、刀身を剥き出しにしてみせる。

「龍殺しの名にかけて」


 日向は突風の如く、宿を進む。目を見開く宿の主人にお構いなく、天雷を要求。受け取ると、正に天に走るいかずち、日向は瞬く間に駆け抜けた。


 ちょうど綾川の部下が廊下を走っていた。

「な、なんと」

「急ぐぞ」


 戸を開けたそこに居たのは、やはり心臓をひと突きにされた、派手な着物の女だった。闇の中の、その異形な鮮やかさが、二人の心を握り潰そうとする。

「無念極まりない」

「気を抜くな」

 その時、日向は微かに気配を読み取った。

「まずい」

 考えられた手だ。確実に日向を刺すために、日向以外を狙う。

「扇様」

 床に血が落ちる。紅いので分かりづらいが、着物も血で染まる。

「浅い。心配無用」

 肩甲骨の少し下に刺さった短剣を抜き、喜乃の方に顔を見せる。

「やるな、町娘。俵に鎌で鍛錬したわけではあるまい」

「存分にまた、湯治をお楽しみくださいな」

 懐から同じ短剣を出す。

「但し、地獄の湯になりますが」

 もう一本、今度は背中から短剣を取り出した。

 

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