三
すでに野次馬が群れをなしていた。部屋の中を覗き現実を目の当たりにしては、また一人、群れから旅立つ。
日向と男は、その光景に察しはついていたが、思わず体が動いた手前、確認せずにはいられない。しかし人の中を泳ぐのは、容易ではない。かき分けれど、また別の波が来る。
どうにか岸に着いた二人は、野次馬たちに真実を告げた。ざわめきが一気に空気を震わせたが、日向が戸を閉める音で一瞬止んだ。
その後は聞こえた声からするに、宿の主人がどうにかなだめているようだ。
部屋には四角い卓に突っ伏した男。瓶と徳利。肴を楽しんだ跡。
「手馴れてやがる」
「隙をついたか」
「しかも正確にな」
隻腕の男は突っ伏す男の上体を起こした。心臓をひと突きにされていた。
「短刀か短剣か」
日向は、瓶を持ち上げた。まだ酒の残り香がふらつく。
「やはりこれは」
「同じだな。あんたも一度」
「飲まん。それより、暗殺者はまだ近いはず。しかもこの瓶」
「狙いはあんただったりしてな」
「人の恨みはなるべく買わないようにしているつもりだ」
「俺もだよ」
遺体は宿の知らせで来た、役人たちによって運ばれていった。相変わらず、宿泊客はその話題で盛り上がっている。あれやこれや、嘘か誠か、様々な噂が飛び交う。果ては、殺されたのが、日向の弟だという言葉も聞こえた。弟はいないというのに。
日向は宿の主人に会いに行った。聞くべきことがあるからだ。
宿の主人は、役人に聞き取りされていた。
「特に怪しい者はいなかった、と」
「さようです」
「いや、検討はついている」
日向が割って入ったことで、視線は全て日向に向けられた。
「あなたは扇さんでなないですか」
「やはり、綾川殿か。なぜこっちに」
「応援と言う名の、使いっ走りです」
一気に疲れた顔をした綾川を見て、それ以上の質問を止め、日向は本題に入った。
「おそらくは四人組。実行は一人だろうが、四人とも絡んでいる」
店で見た四人組の特徴を伝える。伝えられた宿の主人は、宿の者を集め、心当たりを募る。
人海戦術を日向は思い知った。すぐに四人組の部屋は特定された。そしてすぐに向かう。綾川もまた、数人の部下を召集し、捜索に向かう。
隻腕の男はその様子を、少し離れて見ていた。夜でも今の時間帯なら、宿にはそれなりの灯りがある。
「さすが。朝廷御用達ともなりゃあ、信頼厚いねぇ」
男は独り言を置き去りに、尾行を始めた。
部屋の戸の前を取り囲むは、侍たち約十人。それは誰が見ても、異様極まりない。実際、その部屋の前を通ろうと試みた者は、皆諦めるか、違う経路を模索するかだ。
「綾川殿、某が開ける」
「承知。後はお任せを」
最小音量にした小声のやり取り以外、全員音を抹殺した。
消していた音を取り戻すかのように、勢いよく戸を開放した。突然の音で、怯ませる算段だ。
侍たちは、一気に中に突入した。
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