二
贅沢な懐石料理を全て平らげた後、一休みすることにした。それ程明るくはないはずの、生暖かい行燈の灯りが、部屋を包むように灯っていた。
夜の露天風呂を楽しむため、日向は部屋を後にした。風呂に向かう前に、愛刀である
いかにも豪商という風貌の男と何やら話していた主人は、日向が近づいた時にちょうど話し終えたようで、休む間もなく日向に話かけた。
「刀でございますね」
「出来れば手放したくないが」
「しかし盗まれては大変でございますので」
丁重に刀を受け取った主人は、そのまま慎重に持って行った。
長い廊下の先に、大浴場がある。宿の主人の言った通りだ。廊下には等間隔で行燈が置かれ、外に広がる庭には燈籠がある。夜ではあるが冷たい暗黒ではなく、その健気な光は暖かだ。
大浴場にはまばらに人がいる。歴史好きの宿の主人の趣向か、浴場に
静まり返る夜の虚空に湯気が呑まれていく。
流れる湯の音と、周囲の自然の音が心も癒していく。
「先客がいたか」
「やっぱり。貴女は昼間の」
「それにしてもすごいお傷で」
「ただの古傷だ。時々ぶり返してな。おかげで湯治巡りが楽しめる」
「侍も大変なのですね」
「お主こそ町娘にしては、体中に生傷が多いな。力仕事か、それとも」
複数人の近づく気配や音がすると、二人の会話は自然消滅した。町娘はすぐ退却し、日向も程なく湯を後にした。
まだ残る名湯の感触と、体にそそぐ夜風の均衡は万全なまま、日向は釣り人たちを見つめている。併設された釣り堀は、一日中開放的だ。
「あんたやっぱ、扇日向だな。あそこの蕎麦美味いだろ?」
片腕の男が竿を持ちながら、日向に話しかけてきた。
「知っているのか」
「知らない奴に会わせてもらいたいね」
男は夜の水面に糸を垂らす。その波紋が広がると同時、女の叫び声が響いた。二人は周りが騒ぎ出すよりも速く、その悲鳴の方向へ走り出した。
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