epi 7

 駐車場出入り口の左手前、金網の前にそれはあった。

 すっかりかたく、冷たくなっている老猫。


 昨夜の帰りに確認はしなかったけれど、ゆきみさんが処理をしたと思っていた。


「そうだったね」彼女は消え入りそうな声でそう言って、膝をつき、老猫をすくい上げた。


「すっかり忘れていたよ、この駐車場のこと。やっと見つけた」


 僕は確信した。この猫の飼い主は、この人だったんだ、と。でも、だとしたらやっぱり——。


「君の話し、本当だったんだね。この子を見つけた今でも、全部を信じるなんて出来ないけど——君は信じられるのかな?」


「何を、信じるんですか?」


「この子の名前はユキミ。君の話しに出てくるユキミさんがどういう子かは知らないけど、この子が、ユキミよ。私は松乃葉由未奈」


 予感はあった。


 ——僕は松乃葉先輩の自宅の庭で、指定された場所に穴を掘っていた。

 ユキミを埋葬するためだ。

 先輩の両親は驚いてはいたが、『見つかって良かった』と、安堵していた。


 あれから混乱してしまい、考えがまとまらないままだったけれど、とにかく「ユキミを清めて、埋葬したい」と言う松乃葉先輩に、手伝わせてほしい、と着いてきたのだ。


 ゆきみさんは実際、あの三人を張り飛ばしているし言葉も交わしている。おかしなところは確かにあったが、夢であるはずはなかった——でも、あのクラスにゆきみさんはいなかった——。


 もしかしたらとは思っていたけれど、こんな不思議なことが起きるのだろうか……。

 そこに、風呂場でユキミを洗い終えた松乃葉先輩が戻ってきた。


「お待たせ。穴を掘ってくれてありがとう。ごめんね、宮守くん」


 と言った松乃葉先輩のパチリとした大きな目は真っ赤だった。洗っているあいだ、泣き続けていたのだろう。


 ユキミは、清潔そうなツヤのある、少し茶色がかった絹のタオルに包まれていた。


 埋葬直前、最期に包みを広げてユキミを見る——。


 白い——とても、白い——。


「真っ白で、すごく綺麗でしょ」


 松乃葉先輩は静かに話し始めた。


「あの駐車場、当時はスーパーの駐車場でね、家族で買い物に行って車から降りた時、ニャ……ニャ……って声が聞こえたの。ちょうど、あの金網のところ」


 声が震えている。赤くなった目が、さらに潤んでいる。それでも、右手のひらで大きさを表現しながら、


「こーんなに小さかったんだよ。目ヤニと鼻水がひどくてね、買い物もやめて動物病院に直行。それから——」


 松乃葉先輩の頬を涙が伝う。


「それから、ずっと一緒。お風呂に入れたら、真っ白でね、丸くて小さくって大福みたいなの。それでね、名前が


 そう言って松乃葉先輩は、ぼろぼろと涙を流しながら、優しく笑った——。







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