epi 3

 昼のチャイムが鳴るとすぐに教室を出た。もともと弁当は持ってきていなかった。昨日の松乃葉先輩との約束を守るためだ。真智田たちに捕まる前にいかないと、あいつらの言っていたお金も持ってきていないから。

 教室を出る僕をあの三人が目で追っていた。

 あとのことを考えると気が滅入るけれど、殴られようが何をされようが最終的には『終わりにすればいい』ことだし、実際マンションの腰壁に立った時の恐怖と、吸い込まれるようなあの感覚を思い出すと、なぜだかもう、どうでもいい気持ちになる。それならばそういう気持ちであいつらにぶつかればいいと思うかもしれないけれど、それは出来ない。

 そんな勇気は僕にはない。



 教室に松乃葉先輩はいなかった。三年二組で合ってたよな?

 僕はもう一度教室プレートを確かめた。

 見ればすぐにわかると思ったんだけれど。

 困っている僕に女生徒が一人近づいてきた。「その校章の色、二年くんだね。さっきからウロウロしてるけど、何か用? 誰か探してる?」


「あ、あの、松乃葉先輩いるでしょうか」


 僕は緊張しつつ、どうにか声をしぼりだした。


「どうしたーまどかー?」


 女生徒がさらに増えた。


「あー、この二年くんが、ゆーみんに用事があるみたい」


「そうなの? 残念。ゆーみん、今日休みだわ」


「いやいや、来る来る。遅刻して来るみたいよ。昨日も遅くまであの子を探してたみたいでさ」


「え? まだ見つかってなかったの? 何日目だっけ? もうヤバくない?」


「んー二日? 三日目か? どっちだっけ?」


「それにしても可愛かったよね。確か十年以上飼ってたんじゃなかったかな」


「長っっ猫って何年生きるの?」


「えー何年? 十何年かな……あ! 二年君、ゆーみん来るってさ、まだ来てないけど、どうしようか?」


「あ、ありがとうございます。また、来ます」


 僕は頭を下げて、小走りで逃げるようにその場を離れた。


 あれがマシンガントークってやつだろうか? あの二人、途中から僕のことを完全に忘れてたよな……松乃葉先輩も、自分から言っておいて遅刻してるし……もしかしたらあの後、一晩中泣いていたんだろうか? そんなことを考えながら教室まで戻ってくると、バッタリと真智田たちと出くわしてしまった。



「ぐうぅっ」


 腹を蹴り上げられて、僕はそのまま体育館裏の壁にぶつかって倒れた。うめき声をあげることしか出来なかった。


「昨日あれだけやられても、理解しないのな、お前」


 真智田が胸ぐらを掴んで僕の顔を引き上げると、頬を軽く叩きながら言った。

 他の二人は呆れ顔で笑っている。


 (ああ、早く終わらないかな。もうからさ)僕はそんなことを考えて無抵抗にしていた。

 でも、突然後ろから声が飛び込んできた。


わけねーだろう!」


 びくっと反応して、真智田たちが揃って声のする方を見た。

 見ると、そこにいたのは、発せられた言葉とはおよそ似つかわしくない、色白で華奢な少女——、


 松乃葉先輩だった——。

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