七つのダンジョン

第141話 上陸

 慣れないというのは、不便なものだ。仕事に慣れなければ効率が上がらず、環境に慣れなければ精神に負荷がかかる。


 この結果は操舵の不慣れによるものか、それとも以前の船旅とは違って海面が荒立っていた為か、高度なVR技術は不必要な船酔いまで再現していた。


「…」


「…」


「あー、もう思い通りに動かせない!」


「シラユキ、取ったばかりのスキルで中型船が動かせるだけでも凄いことだよ?」


「…」


 舵を握りしめ不満を口にする母を宥めている父、ヒデオミを諦めた様な表情で見つめている。


「姉さん…」


「ジン……恥ずかしい…」


 この船には姉の友人であるヤッパーやユンだけでなく、妹の親友二人も乗り込んでいる。結婚して十数年がたった今でも夫婦仲が良いのは素晴らしい事なのだが、それを友人や関りの少ない妹の親友に見られるのは、何とも言えない心地の悪さを提供してくれる。


「いやー、仲が良いとは聞いてたけど」


「ん、新婚みたいねナナ?」


 波の影響もあって船内に居ては、揺れが気になっって仕方がないのだろう。ヤッパーとユンがひょっこり顔を覗かせた。


「おお~、仲良しですね!」


「そうですね。私も結婚したら…」


「うーん、掲示板だと戦況は良く分かんないなぁ」


 オトネちゃんもツバキちゃんが父さんたちを見て歓んでいる中、カエデはカルセドニー王国対アメシスト帝国の情報を得ようと掲示板を開いていた。


「カエデ、何か掴めたか?」


「兄上…ダメです。アナウンスの通りに敗戦となったのは確かなのですが…」


「そうか…」


「あ、でも」


「うん?」


「買ったばかりの武器が爆発したと、不安を煽る書き込みが幾つかありました」


 火薬が発見された何て話は知らないけれど、誰かが作り出したて武器に仕込んだのかもしれないな。棒付き爆弾とか結構好きだったんだよな。


 船の上だからか別の世界で作られた海賊の武器を思い浮かぶ。この世界でなら、空想の産物だった武器や技の再現が出来るかも知れない。


「爆発って?」


「はい、闘技大会に敗れたプレイヤーの何名かが自身の強化を求めて装備品を入れ替えたらしいのですが、その入れ替えた装備が爆発したそうです」


「それは元々爆発する武器だったのか?」


「いいえ、武器どころか防具も爆発したそうで防衛に当たった前衛職のほぼ全てが全滅、あるいは深手を負ったみたいです。それに武器の方も剣に槍に弓と幅広いですし」


 原因不明の武器爆発。隠し武器を手に入れようと考えていたジンは、この爆発がバグの産物であったなら安易に新しい武器を求める訳には行かない。種族が進化を果たしたおかげで、日中の一撃死モードから解放されたと言っても爆弾を抱えての戦闘などHPがいくつあっても足りない。


「あ、見て見てヒデオミさん。島が見えて来たわ!」


「本当だね…ジン!」


 妹に一言断りを入れると船の前方に視線を向ける。


「着いたか…何とかなるもんだな」


「ジン…あの島?」


「ああ、うん。スファレ島だ」


 カルセドニー王国のあるベネート大陸から、アルフレッド号での航海をすること4時間の船旅を終え、取り合えずの目的地としていたジンの所有する土地であるスファレ島に到着した。


「でも船着場も無いのよね。どこに泊めたら良いのかしら?」


「前回に来た時は砂浜に停泊したんだ。今回も砂浜に泊めよう」


 思い返してみれば、あの時にロックスが舵を操っていた船はアルフレッド号だったのか。てっきり船の貸し出しが無料ただになったのだと思っていたのに船の所有権ごと譲渡されているとは思いもしなかった。


「よーし、そのまま…いかりを下ろして…と、止まった?」


「お疲れ様。シラユキ」


 砂浜に船首が乗り上げるとみんな我先にと船から飛び降りる。


「…結構、大きい?」


「正確な大きさは分からないですけど、カルセドニーよりは小さいですよ」


 以前は地竜ステゴザウルスが居たおかげで、王国の手出しが出来ないって話だったのだけれど、あの裏話を聞かされた後では全く印象が変わって来る。


 戦力的に地竜を排除出来たとしても島に住む民が用意できないなら、全ての労力は全くの無駄になるのだ。わざわざ人形を運び込む理由もないので、長らく放置されていたのだろう。


「でもさ、カエデ。建物も何もないよ?」


「まぁ、取り合えず避難して来ただけだからね」


「そうですね~。逃げ延びたのは良いのですけど…」


 戦争を嫌って自分の土地に引きこもりに来たと言えば、なんだか情けなく聞こえるけれども、イベントで逃げろと言われれば逃げたくなるのがプレイヤーという物なのだ。


「こんな時に役に立つのが『ハウスオーブ』だ」


 インベントリの中からハウスオーブを取り出し、海から離れた場所にハウスオーブを置いた。


「あ、オーブは丸いから少し地面を掘らないといけないのか…っと」


 ハウスオーブが転がらないように軽く地面を掘り下げて、ハウスオーブを置くとマス目状の範囲警告を発した。


「あれ…結構広い?」


 慌てて警告範囲の外に出るとオーブから光があふれ出し、警告範囲一杯に半円型の真っ白な光が広がった。


 突然の発光で慌てる皆を尻目に光は緩やかに収まり、光が完全に収まったそこには二階建てのログハウスが鎮座していた。


「ハウスオーブって、こんな風になるんだな…」


 使える素材が少なかったこともあって、建築屋のマリルから単一素材で家を建てれば安く済むと木造にした。


 今思えば、あの姉妹も人形だったのか。


「これで一から家を建てる必要はなくなったな」


「ジン、そこに建てるの?」


「ハウスオーブだから、移築も簡単だ」


「では私たちの家も近くに建てましょうか…ハウスオーブが使えるなら私たちも持っているのだし」


 ユンさんが両手に抱えているハウスオーブは、俺の使ったハウスオーブとは違う色をしている。


「父上達は畑の世話で街の外に出る事も無かったでしょうから、持ってはいないと思いますが、戦闘職のプレイヤーはそのうち遠出する事になると予見していたのでハウスオーブを持っているプレイヤーは少なく無いのですよ」


 ハウスオーブの存在を知らない母と父にカエデが、説明している声が聞こえる。


「家に入って荷物の整理が終わったら、島を見て回ろうかと思っているんだ。前に来た時は、岩場位しか見られなかったからさ」


「じゃあ、探索が終わってない未知の島なんだな!」


 船の中で退屈していたヤッパ―さんは、まだ調査できていないと聞いてやる気を漲らせている。


 そうこうしている間に、砂浜付近の平地はハウスオーブで組み立てられた家が立ち並び、その一角だけを見ればリゾートの住宅街の入り口にも見える。それにしては自分の家だけが木造単一の建築で、なんだかボートハウスみたいだなとどこか他人事のように自分の家を眺めていた。

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