第142話 アメシスト帝国脅威対策会議

 ジンたち一行がそれぞれの役割を分担し、活動を始めていた頃。グリモワール・オンラインの公式ホームページに一本の動画が配信された。


 動画のタイトルは『アメシスト帝国脅威対策会議』というもので、その内容を目にした多くのプレイヤーは、カルセドニー王国の真実を知り大いに驚愕した。



                   ♪



「…各々おのおの方が揃われた。これよりローサイト獣王国対アメシスト脅威対策会議を執り行う」


 書類の束を片手に持ちながら、眼鏡を掛けたリザードマンが重々しく会議の開始を告げた。


「…うむ。かの国は、我らローサイトにとって兄妹国のようなものだった。建国から84年の周辺国からすれば、短い歴史に幕を下ろすことになった。……まずは分かたれた兄弟に黙祷を捧げたいと思う。…黙祷」


 沈黙が一分を途方もない長さに仕立て上げる。


「…では、報告を」


 王冠を頭に乗せた獅子の獣人が、リザードマンに命ずる。


「はっ」


 リザードマンは恭しく一礼を披露すると、アメシスト帝国がカルセドニー王国への攻撃を開始し、冒険者の抵抗空しく敗戦した事を報告する。


「元の契約があったとは言え、アメシスト帝国の奴ら…っ!」


 会議に出席した像の獣人が、その巨体に見合った拳を怒りに任せテーブルに叩きつけた。


「陛下、建国王クレイク・ファーバーは元を正せばアメシスト帝国の生まれ。なれば此度の一件は、元の鞘に収まっただけのこと。いくら時間を置いたとしても交わされた盟約を破棄するなど」


 小柄な鼠の獣人が王冠を身に付けた獅子に向かって声を発する。


「そうではないぞシロハネズ公爵。…ゾンゲ将軍が憤りを見せておるのは、今回の国盗りではない」


 若き獅子が話を遮り、話が間違った道筋を辿らぬように話を区切る。


「…では殿下は、陛下がどの様な事態を危惧していらしゃると御思いで?」


「決まっておろうが、アメシスト帝国の次なる侵略よ」


 若獅子が静かに吠えると会議の出席者は騒めき、小声での会話が聞こえ始める。


「やはり来るか…」


「アメシスト帝国の国土を考えますと、次に狙われますのはアメシスト帝国の北に位置するクンツァイト共和国。そして北東のネリアン共和国の何方かかと思われます。海路からの進軍となれば…」


「クロバク…であるな。ドワーフ共は素材欲しさに巨大な港町を持っておる。その北は屈強な魔族が住まうファブロとくれば、そのまま北に攻め上があり、我らローサイト…いや現実的ではない。それならば海路で直接ローサイトを狙ってこよう」


 騒めく声がさらに大きくなり、直ぐに出も帰りたいと考える者がでは始める中、獣王が口を開いた。


「…港に警戒態勢を引かせよ。クロバクから武具を揃えさせ、クンツァイトとネリアンに対し支援を行う。余所者の人間にこのベネート大陸を好きにさせん!」



                ♪♪



「…今回の件ファブロとしては、黙認せざる負えない。両国の同意の元に行われた戦いであり、契約の番人として非難するものではない」


 青白い肌の色をした礼服の女性は、会議の場において静かに告げる。


「では女王陛下。アメシスト帝国が暴挙に走ったその時は…」


「殲滅する。我ら嫌われ人を受け入れてくれたベネート大陸を汚すような真似はさせぬ」


 女王が配する魔族の国であるファブロでは、アメシスト帝国の監視が言い渡された。



                   ♪♪♪



「おう、始めろや!」


 足の短い椅子に体を預け、嫌々付けられた王冠が彼の身分を証明する。彼の低い身長と長い髭は、彼が紛れもなくドワーフである事を物語っている。


「…以上だ。これから戦争が起きる可能性がたけーってんで、大陸中の国から注文が引っ切り無しだ!」


「…っち稼ぎ時だと喜んではいられねぇな。上級、中級鍛冶師に武器の生産を急がせろ。後、下級以下は鉱山で鉱石を掻き集めて来い!」


「最上級鍛冶師は希少な武具の制作に入る。兵士で周囲の警戒をさせておけ!」


 ドワーフの国であるクロバクは、住民の半数以上が鍛冶師と言う道を歩けば鉄くずに当たる国であり、国王の条件が国一番の鍛冶師である事も相まって国外から集まって来る鍛冶師が大陸で最も多い。


「しかし、王よ。これでアメシスト帝国が大陸で一番大きな国になっちまいましたね?」


「ん…おおう。今まではウチが一番だったからな!」


「まぁ、管理もしてない荒れ地なんかもあるんですがね」


「ああ、あそこの土地なら使わねぇし、カルセドニーと隣接してるしで管理が面倒だからクンツァイトにプレゼントしたぜ」


「ハァ!?」


「昔は防衛地に使ってたらしい砦も整備して、まとめてプレゼントだ。お陰で今はアメシストの奴らと隣接してねぇ」


 ドワーフの国王が土地を惜しむ性格であったのなら、今頃は装備を作るどころか戦争の用意をしていたことだろう。自分の取り組んでいる事以外には興味が薄い種族性が今回は幸いした。



                 ♪♪♪♪



「報告以上ですね?」


 クンツァイト共和国では、ネリアン共和国の女王を招いた共同会議が開かれていた。


「はい、陛下」


 クンツァイト共和国の女王メリアは、憂鬱な表情を滲ませる。


「そうですか…カルセドニー王国は既に落ちましたか…」


「むむむ、由々しき問題なのです!」


「メアリーリーは、王位についてもあいかわらずのようですね」


 ネリアン共和国の女王メアリーリーは、手の平ほどの体を目一杯動かして反論する。


「変わってるです…ちょっとは大きくなったです!」


「あらあら、ふふふ」


 エルフとビット。クンツァイト共和国とネリアン共和国は母と娘のような関係である。ベネート大陸最古の国であるクンツァイトは、当時虐げられていた古代ビット族を助け、ビット族の保護を掲げるネリアン国の建国までも手助けした。


 今では古代ビット族も数を減らし、メアリーリーのような小柄なビット族は珍しい。


「もーいいです。それよりアメシストの奴らです!」


「彼らが流れ着いて数百年…結局彼らは心を入れ替えなかった。残念だけど、排除の方針で進める必要があるわ」


「ネリアンはクンツァイトに従うです!」


「もう…しっかり考えて?」


「恩義もあれば、国家としても当たり前の行動です。それにアメシストの奴ら嫌いです!」


 女王メリアは、空を見上げた。


「…パラケウスの予言通りに世界は動き出した。もう聖戦は免れません…アメシスト帝国以外の国は既に動き出している事でしょう。…哀れなものです」


 いずれ訪れる聖戦の始まりを告げたアメシスト帝国を哀れみ。長く続いた忌まわしき者達との戦いが、ついに終わりに向かって動き出したことに緊張が隠せなかった。

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