第139話 国境線の戦い2
統一された装備、一糸乱れぬ足並みは、平和な世に暮らす彼らにとって軍隊という物を意識させるには十分な威力を発揮した。
「すげぇ…」
「…これが軍隊って奴なのかよ。動画で見るのと全然違うじゃんか」
「あれと戦うのよね…」
「本当に勝てるのか?」
「数は把握できてないのか?!」
指揮官であるヌメロンギヌスが選んだのは、籠城では無く開戦であった。この緊急時に有って、通常通りの業務を優先し、増援の要請を行うどころか指揮権の譲渡すらやってのけた砦の指揮官に不信感を持った為だ。ヌメロンギヌスは頭の中で砦の指揮官が帝国の工作員では無いかと考えもしたが、それならば指揮権を渡すはずがない。ただ不審な挙動を続けるのは指揮官だけではなく、常駐する兵士達も不自然な行動をとり続けている。
ヌメロンギヌスは現場の指揮を取ってはいるが、プレイヤーの行動を強制できるような権限はない。従って砦での籠城戦をえらんだ他のプレイヤーを責めることも無い。
「おい、ヌメロンギヌス…籠城しないのは良いが、本当にこの場所で待構えるのか?」
指揮官として、ヌメロンギヌスはどういった布陣を組むか考えた。そして思い出したのは、ゴブリンイベントで警備隊長に言われた「何の訓練も積んでいない冒険者に軍事行動などできるものか」という言葉を思い出した。ならばと考え付いたのが、袋叩きである。
「ああ、何を考えて砦の横を素通りできる建築をしたのかは分らんが、そのおかげで細い通路を抜けて来た奴らを複数人で叩ける」
元々ケルバラン砦はアメシスト帝国との国境沿いを監視するために作られた3つの塔であった。国境を監視する様に建てられた3棟の頑強な監視塔は、凡そアメシスト帝国との国境全域を監視している。しかし、主な任務は監視であり防衛を目的として建てられた建築物ではない。やがてアメシスト帝国への危機感が募り、防衛用の要塞が増設されはしたが、要塞の横幅は塔の位置に根差しており、塔の傍を通る細い2本の小道はそのままとなっていた。
「直ぐ傍に要塞を攻略しなくても通り抜けられる道があるなら、戦争始める前には絶対に使うだろ」
「ああ、だから道を知っている公算が高い。ついでに言えば、砦攻略にも使わない手はないだろうな」
ヌメロンギヌスが待ち構えるのは砦の左手に位置する細い小道であり、アメシスト帝国が砦を素通りしようとした時にカルセドニーへと向かう最短ルートである。
「右の防衛の為に人手を取られたのは問題だが、誰かが守らないと勝ち筋がないからな」
当然の話ではあるが、加勢してくれるプレイヤーの数には限りがある。前衛、後衛に限らず、数に限りある人手を半分に分断しなければならないのは、大きな痛手だった。
「…」
来るべく時に備えていたヌメロンギヌスを含む左手組の元に、幾人もの声が重なり合った怒号とガキンという鈍い打撃音が届く。
「始まったか…」
「直ぐに敵がやって来るぞ!」
「待機時間は終わりだコラァ!」
左手組に緊張が走る。
姿を現した漆黒の鎧に身を包んだ騎士を先頭に、アメシスト帝国との戦いが始まった。
「…あの鎧は」
アメシスト帝国の兵士が装備している鎧は、薄い生地の革鎧上に頭、胴、両腕、膝から足元を保護する金属製のプロテクターである。動きの軸たる各関節の稼働部位を阻害する事を無くし、体を動かしやすく負傷を負いやすい部位を重点的に保護する。鎧の色合いこそ、黒や紫を主だった悪趣味なカラーリングをしているが、その性能は現状のプレイヤーメイド最高の防具を超える。
「『ファイアーボール・Vスライダー』!」
「飛んで『ウォーターバード』!」
「一撃必殺…『ナックルバスター』!」
他のプレイヤーと肩を並べ敵の兵士と戦いながら、ヌメロンギヌスは敵の騎士を見てどこか既視感を抱いていた。
「っしゃあ!」
「…この分なら何とかなりそうですね!」
「いつ敵の援軍が来るか分からねぇ…余裕があるうちに休憩挟んどけや!」
性能の良い装備を用意した所で、ゲーム内の一般兵士が団体で戦うプレイヤーを相手にするには厳しい様で、黒鎧の騎士こそ倒せないものの兵士相手に勝ち目がないという事はない様だった。
「あの鎧…どっかで見たんだよな…」
細い小道での戦闘故に前衛から離れて、余裕が出来た剣士が黒鎧の騎士を見て呟いた。
「…あ、闘技大会に出てたフルプレート」
不思議とその呟きは、怒号鳴りやまぬ戦場にいたヌメロンギヌスを始めとした数名のプレイヤーに届いた。
「え…?」
「まさかプレイヤー?」
呟いた一言が一泊の空白を生み、その空白は戦争の転機を生み出した。
騎士は動きの止まったプレイヤーを手にした大剣で一振りに薙ぎ払うと、大剣の剣先を天に向けて祈りを捧げるように突き出した。
「な、何やって…ウガぁ?!」
何人かのプレイヤーが手にしていた武器が、周囲を巻き込み大きく爆ぜる。直接武器を持っていた物は死に戻り、近くにいた者は軽くない手傷を負った。
「マズイ…っ」
戦いの前に話していた言葉が、脳裏に蘇る。
「直ぐ傍に要塞を攻略しなくても通り抜けられる道があるなら、戦争始める前には絶対に使うだろ」
ああ、そうだな。
「ああ、だから道を知っている公算が高い。ついでに言えば、砦攻略にも使わない手はないだろうな」
ああ、考えていた以上に厄介な策を打たれた。
この細く長い小道で、敷き詰められた人員。そんな道の中で爆発が起きれば、考えるまでもなく大打撃を受ける。
「…してやられたって訳かっ…」
この爆発で左手組はその数を大きく削がれ、生き残った者は10名を下回っていた。
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