第137話 スファレへ
3人と分かれた場所まで戻ると、遠目でも分かるほどに人数が増えていた。
「あ、帰って来た」
「ちょっと見ない間に随分増えてるな…」
見た事のない相手がいるとあって、自然と口調が硬くなる。
「兄上様…父上と母上です」
「え…?」
ゲームの中で両親と会う気が全くなかったので、ゲーム内の顔を確認した事がなかった。
「仁…悲しいわ。お母さんの顔を忘れるなんて」
「ああ、可愛そうなシラユキ…だが安心してくれ。私は例えキミの顔が仮面に覆われていても見抜く自信がある!」
「父上…恥ずかしいので下手な演劇はやめてください…」
親友や姉の友人の前で妻に愛を囁く父を目撃されれば、カエデでなくとも居心地が悪くなる。顔を赤らめて止めようとするカエデの気持ちは良く分かる。
「お父さん…」
このやり取りに、姉ですら呆れ顔だ。
「俺が呼んだのはカエデと姉さんだけだった筈だけど…姉さんが呼んだのか?」
「いいえ、呼んだのはカエデよ。でも怒らないであげてね…ほらジンはお父さん達とは、フレンド登録してなかったでしょう?」
「ああ、いや怒る事なんて無いよ。父さん達の事は、その…正直忘れていたから助かったぐらいだ」
カエデはホッとした様に顔をほころばせた。
「それでメール呼んだ人は、全員集まったんだろう?」
話にも入れず暇を持て余していたヤッパ―は、本題の話を進められると声を上げた。
「それじゃあ詳しい説明から…」
俺は宿屋のおやじが語って聞かせてくれたことを集まった皆に伝えた。
「…」
「なんともまぁ、酷い王様だこと」
「いくらんなでも…国を売り渡すだなんて」
「じゃあここで働いてる人も人形なのですか?」
「私たちが聞いた話と同じね…」
「ああ…そうだね」
「いくら人口が少なくて国の維持が難しいからって、良く国民が承諾したものよね」
話を聞いた皆は三者三様の反応をするものの、初代国王に対する不信感は共通している。
「港の事務所で話を聞いた限り、海を出てしばらくすると人形たちの体は動かなくなるそうだ」
「…国境ね」
「だろうね…国の外に持ち出せるなら、人形を兵力としてカウント出来たはずだ。人形をいつカルセドニーで使い始めたのかは分からないけど、人形を作る技術士も少なくなっていただろうから、外国から買い付けたのかな。そして戦争で戦力として使われるのを嫌って、国から出られない様な仕掛けを人形に付けた…ってところかな」
「そうね…ヒデオミさんの仮説が正しいとして、今は国王の避難よりも海外に脱出することよね」
「それで船の用意はできたのか?」
「ああ、大体10人は乗れるそうだよ。でも船の操作が出来なくて」
倉庫のアルフレッド号は、操縦さえできれば俺たちをスファレ島まで送り届けてくれるだろう。
「操作…操舵かな?」
「スキルで何とかなる様なら、私が取るわよ?」
高らかに手を上げて宣言する母の姿に、俺たち兄妹はそれって顔を赤する。
「海賊船の女船長とかカッコいいわよね!」
「流石はシラユキ…ブラックなジャックに憧れて医者になっただけはある」
「そんな理由だったの!?」
医師を志したあんまりな理由に、二人のやり取りを沈黙を持ってやり過ごしていたナナは、堪え切れずに声を上げた。
「スキルでどうにかなるなら、母さんに頼むよ。みんなでアルフレッド号がある倉庫へ」
集まった8人を連れて、来た道を引き返して倉庫へ向かう。
「ほら~オトネちゃん。行きますよ~」
「うー、難しいお話は終わったの~?」
「もう、オトネちゃんたら…」
「でもカエデのお父さんたちがラブラブなのしか、分からなかったよ?」
「そこは忘れて!」
「あ、操船スキルあったわよ。習得っと」
後ろから賑やかな話し声が聞こえる。アルフレッド号がスキルで動いてくれるなら、もうスキルを取ってしまった母さんに任せる。でも尾音ちゃん、それは忘れて良い話だ。
「ここの倉庫だよ」
「船の名前はアルフレッド号…輸送船を改造した船だそうだ」
倉庫の天井に吊り上げられていたアルフレッド号は、その足回りを活かせね水面に降り立っていた。
「あ、旦那!」
「案内してくれた…」
「イワンっス。組合長から急ぎだと聞いたんで、アルフレッド号は下ろしておいたス!」
「ああ、助かるよ」
俺がイワンと話をしている間に、ぞろぞろ乗船してしまった。
「なかなか立派な船ね」
「船内はかなり広いな…十人が横になれる広さでは無いが、元は貨物室だったのか?」
「ヤッパ―…船旅では常に起きてる人がいるのよ。全員で寝る者ですか」
「うーん、取ったばかりの操舵スキルでは荷が重いのではないかな?」
「そうねぇ、ヒデオミさんも操舵スキル取ってみる?」
「操舵…と言うより、航海士の能力が必要なんじゃないかな?」
「そうですね。操舵は航海士の持っていてしかるべき能力の一つでしかありません。安全に航行できるように指揮を執る仕事ですから」
「さすがユン詳しいな」
「そうでもないわ…話に出るまで忘れていたくらいだもの」
「ユンちゃん必要な能力を教えて、全部取るわ!」
「母上…」
「あはは、元気な母ちゃんだな。ナナ?」
「そ、そうね」
「それどこから取って来たのオトネちゃん?」
「船と言えば船釣りでしょ?」
どこから持ってきたのか、肩に釣り竿を掛けるオトネは釣り船に乗り込む気でいる様に見える。
「あら…うん。船を動かすくらいなら出来そうね」
「ジン…船に乗って!」
「あ、うん」
急いで船に乗り込むと、イワンが海へ繋がっている水門を開いた。
「うん…やっぱり船の持ち主が乗船していないとダメみたいね。ジン…目標の島への航路は分かる?」
「あ、いや。場所ならマップに」
「時間もない事ですし、島の位置が分かっているなら出港するべきですよ」
「そうねえ…ツバキちゃんの言う通りよね」
「最悪でもどこか別の無人島にでも辿り着ければいいのですから…。そうだわ…大陸沿いに別の国に向かえば…」
「出港するわよ!」
残された時間が分からないとは、厄介なものである。締め切りの分からない作家やいつシーズンが始まるのか分からないプロ選手のような焦燥感は、人から冷静にものを考える余裕すら奪ってしまう。
母が船出の宣言をして、大いなる海原へと旅立った三時間後の事だ。
≪カルセドニー王国の国境沿い『ケルバラン砦』がアメシスト帝国の攻撃を受けて陥落しました≫
≪アメシスト帝国が王都へ向けて、進軍を開始します≫
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