第136話 アルフレッド号

 必要になりそうだと目に付いた商品を買い取りながら、家族が集合する予定の港へと急ぐ。


「あ、父さん達に連絡できてない…仕方ないか、姉さんにでも頼もう」


 手持ちの所持金を気にしている場合では無かったのもそうだが、購入に支払いが嵩んでしまい、手持ちの所持金を殆ど使い切ってしまった。


「あ、姉さん…と誰だろ?」


 港に到着して、待ち合わせの人物を見止める。港周辺には当たり前の様に動き回る人形たちの姿と、姉の傍に見覚えのない二人がいるだけである。


「姉さん」


 いつまでも様子を窺っている訳にも行かず、意を決して近づいていく。


「ジン…やっと来たわね」


「…ああ、うん。必要になりそうなものを買い出しに行っていたんだ」


 人見知りをする姉が、何の気後れもせずに話す態度を見て、この二人は姉と仲の良い相手である事に当たりを付けた。


「キミが弟くんか。初めまして、あたしはヤッパー、ナナとは同じ大学なんだ!」


「私はユン…初めましてね」


「あ、初めましてジンです。姉がお世話になっております」


「ジン…やめなさい」


 止めろと言われても姉の人見知りを考えてみれば、どう考えても普段からお世話になっているのは火を見るより明らかなので、家族として礼の一つも言いたくなるというものだ。


「もう…それで手紙に書いてあった事だけど」


「ああ、書いた通りだよ」


「もともと戦争には興味がなったのだけれど…」


「あたしたちは引っ付いて来ただけだから、メールの中身は知らないんだよ。どっちでも良いから、説明してくれない?」


「あ、ヤッパーさん。すみません。妹とも合流する予定なので、全員集まってからにしましょう。とにかく船に乗り込んでください」


「船?」


 ユンがキョロキョロと港に停泊している船を視界に捕らえながら、口を開く。


「どの船?」


「えっと…うん?」


「どうしたの?」


「いえ、船を使えと言われただけなので…どの船でも良いのかな?」


 宿屋のおやじは、国から脱出するのに船を使っても良いと言っていた。それは間違いない事実だ。しかし、どの船とも言っていなかったし、船を管理する役を演じる人形を説得できるのだろうか。


「と、とりあえずその辺りの船員に話を聞いてきますね!」


「あ、ちょっと…」


 初対面の女性と話す気恥しさと、もしかしたら船を使えないのではという不安が交じり合って、感じてしまった居心地の悪さを払拭しようと問題の解決に向かってその場を離れた。


「ちょっと不安ね」


「弟くんが?」


「いいえ、船を強奪するクエストとかに発展しなければ良いけど…」


「ナナ、それってフラグって言うのよ」


 勢いでその場から離れて、港に併設されている管理事務所に駆け込む。


「な、なんだあんた!?」


「あっと、すまない。急いでいたので」


「まったく…驚かせんでくれ」


 事務所の入り口で恰幅の良いおじさんとぶつかりそうになり、慌てて謝罪の言葉を口にする。


「それで何を急いどったんだ」


「ああ、急いでスファレ島に行かなくてはいけないんだが」


「船を出したいっちゅーことか?」


「ああ、船の貸し出しは可能か?」


 初めてスファレ島に行ったときは、王様が船の手配をしてくれていたんだったよな。あの時はロックスとクロエが操船をやってくれたから、コルを使うことも無くスファレに行くことが出来た。


「スファレ…あー、王様に船を貰ったあんちゃんか!」


「は…貰った?」


「なんだ知らんかったのか…王様が島に自由に行けないなら、何も与えていないも同然だとおっしゃられてな」


 確かに移動手段がなければ、せっかくの島も宝の持ち腐れだ。それでもイベントの報酬に選んだのは島であって、船は求めた物ではない。


「ありがたい話だが、報酬として島を貰ったのに船まで貰うのは…」


「ああ、要らないならそれでもいいさ。王様も無理に押し付けようなんて、思ってないだろうからな」


 望んでいない報酬を受け取ったとなると、それがバレた時に他のプレイヤー達が何を言ってくるか分かったものではない。だが船が必要な島の状況では、文字通り渡りに船な話だ。


「いや、心苦しいが…ありがたく受け取る事にするよ」


「そうか?」


「ああ」


 他のプレイヤー達の事を思うと受け入れがたい申し出だ。しかし、既に戦争が始まっている。時間が無いのだ。


「ただ俺には船を動かす能力も知識もなくてな」


「そいつは困ったな。王様の命令で俺たちは、海に出られん」


「海に?」


「ああ、海を出てしばらくすると船員の体が動かなくなる奇病が流行ってな」


 国を出ると動くことが出来ずに、ただの人形に戻るのだろう。何か動かすための条件があるのだろうが、人形を手に入れでもしないとその条件は見当もつかない。


「解った船に案内してくれるか?」


「ああ、構わんよ。イワン!」


 おじさんが一声飛ばすと、事務所の奥からカップを手に持った年若い男が歩いて来た。


「なんスか、組合長?」


「3番の倉庫にある船出しておけ、オーナーさんが着なすったぞ」


「ウっス!」


 やって来た青年が俺の横を通り抜け、どこかへ走って行く。恐らく3番倉庫とやらに向かったのだろう。


「ほれ、付いて行かんか!」


「あ、ああ」


 言われるがままに青年を追いかけて、事務所を後にする。


「こっちっス!」


 事務所を出た所で俺が付いて行って来ていない事を知った青年が、事務所の前まで迎えに来てくれたようだ。


「3番…ここっスね!」


 慣れた手つきで倉庫の鍵を外し、ガラガラと大きな音を立てながら倉庫への入り口が開いた。


「これは…海水か?」


 倉庫に入ると歩くためのスペースはあるものの、本来地面があるべき場所には水面が広がっている。


「そうっス。3番は倉庫って言うより、船渠せんきょが正しいっスね。ここで船の組み立てをやったりするっスから」


「ドックって奴か…」


「アレっス!」


 青年が水面の上空を指さす。


「ん?」


「あ、暗かったスね」


 倉庫の中にある光源は開きっぱなしになっている入り口と、海へと続く水面の弱々しい光だけだ。


 案内してくれた青年が倉庫に置いてあったのか、燭台を手にしてロウソクに火を灯した。


「あれは…」


 ロウソクの火がそれほど光量を持っている訳では無いが、ぼんやりとしたシルエットから影を払う役目は果たしてくれた。


「木造船…」


「10人程が乗れる単同型の中型船っス。元は運搬船だったっスけど、段々大型船が運ぶのが主流になったんで改装を受けて、今では人を運ぶ船になったっスよ」


「…名前は?」


「この船の名前っスか、アルフレッド号っス」


 元が運搬船だった名残か、重い物を乗せられる大きな船体と尻尾の様に突き出た船尾。これで中型船だというのだから、船というのは本当に大きな物なのだと実感する。


「俺には船の良し悪しは分からないが…」


「?」


「気に入ったよ」


 兎に角、これで船は手に入れる事が出来た。


 船を動かす方法は後回しに、姉と合流するべく青年に一声告げると倉庫を後にした。

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